八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。

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 当初の目標はランラパルカ北壁での未踏のライン(新ルート)狙い。でも、コンディションを掴みきれず、既成(既に登られた)ルートを登ることになりました。今回はそんな記録です。

 今回のペルーの目標は、ワスカランのアンコシュフェースとチャクララフ南壁。ランラパルカは順応の課程で登るはずだった。
 しかし、現地に着いて登山活動を開始していくと、天候が悪く、順応活動も遅れ、大幅な修正を迫られることとなった。

 とりあえず何か一本登らないといけない。
 外は雨が降る日が続き、ホテルのベッドで山のガイドブックの写真を眺めていると、ランラパルカ北壁の写真の中、一本の白い筋に目がとまった。ただ、その時は「頂上までダイレクトに抜
けるラインでない」ということで頭の隅に追いやってしまった。

 その後、登らない日が更に続いたあとに、加藤と「何か登らないと帰れないネー」と話しているうちに、ふとこのラインを思い出した。

 「こんなラインがあるんだけど。たぶん未踏で登れば新ルートだよ」
 「でもダイレクトに頂上に抜けないから、ちょっと格好悪いけど」

 目標としていたアンコシュフェースもチャクララフも、日程的に無理。またコンディションも疑わしい。何か一本というなら、新ルートなら文句ないだろう。たとえどんなルートでも。

 天気が好天に向かい始めたのは6月も中旬。カレンダーと睨めっこしながらスケジュールを立てて、イシンカ谷に向かう。

 イシンカ谷はイシンカ、ウルス、トクヤラフなど、高所順応に使われる山も多く、入山しやすい谷だ。そしてその奥にランラパルカがある。順応のためにイシンカ5600bを登り、コンディショ
ン次第では目を付けた未踏のラインを登る予定だ。

 イシンカBC

 入山2日目。イシンカに向かう。ランラパルカもすぐ隣にあるので、登攀具をデポする予定だ。出発は6時。かなり遅い時間だ。普通は4時頃には出発した方が良いだろう。
 しかし、歩き始めて3時間。高所に弱い久野は順応が遅れているせいもあって、登攀具を持って上がるのは辛すぎた。とりあえず、荷物を岩に隠す。

 避難小屋まで来るとランラパルカ北壁が大きく迫ってくる。予定しているラインはどうか?


 
 「結構カッコいい!」
 
 予想に反して、このラインは格好良く見える。
 壁の下まで来て見上げると、更にカッコいい。おそらく技術的にも問題は無さそうだ。薄氷を登り、ミックス部分を何ピッチかこなし、氷雪壁を登り、何カ所かはドライツーリングになるだろう
が、もともと大きな花崗岩の山だ。中間部より先はアイススクリューとカムがフルに使えるはずだ。

 

 「登ればEDはあるはずだし、新ルートだよ」
 
 問題は・・・久野の順応が遅れていること。
 加藤はとにかく高所に強い。体力が無い(人よりはあるが、久野と比べて)のは置いておいてとにかく、高所には強いと思う。前回も順応無しでトクヤラフ6000メートルにいきなり登って平
気だったから。

 壁を偵察してイシンカに向かうが、久野は加藤についていけない。
 今回はすぐにワラスに下山して体力を回復させて出直しだ。装備もちょっと足りないし・・・。

 再チャレンジは下山して4日後。
 再びイシンカ谷に上がり、翌日装備をデポしに壁の下まで上がる。

 「ああー!」
 「氷が繋がっていない!」

 壁は北向き。陽が当たるのである。

 あるクライマーは「チャンスは絶対逃してはいけない」というが、前回がそのチャンスだったようだ。僕らにはそれを掴む能力がなかった。

 荷物を予定通りデポし、テントに戻り、作戦会議。山野井さんは「一万円以上アプローチに使ったら絶対何か登らないと帰れない」と言うが、今回はトータルでその30倍だ。絶対何か登ら
ないと帰れない。
 新ルートは無理だから、ルートを既成ルートに変更し、スカンジナビアン・ディレクトにする。グレードはTD+らしい。

 休養日を挟んで3日後、避難小屋に上がる。
 夜は雪が降ってきた。このまま降り続くと登攀など無理だ。加藤に「イヤなら辞めても良いよ」と、登らずに帰る理由を作ろうとしている。やっぱり大きなルートを登るのは怖いから。

 2時。期待に反して?雪は止んでいた。快晴の星空で、こうなることは解っていた。これがアンデスの天気の流れだ。

 3時出発。
 5時頃デポ地点に到着。
 装備を付けて出発し、6時頃登攀開始。
 もっと早くから登りたいが、ルートは3つのロックバンドを通過し、その最初のバンドは登攀後すぐに現れる。だから、暗いうちに登ることができない。

 50度の氷雪壁を2ピッチ分ほど登ると、岩と氷のミックスした斜面にかわる。これを更に4ピッチ程登ると、完全なミックス壁に変わる。岩に張り付いた薄氷にアックスを決めながら、岩に繋
がる氷を辿りながら、岩登りを交えて2ピッチ登る。 

 合計、6ピッチ分を途中2ピッチのみスタカットであとは同時登攀で抜ける。
 ちなみにロープは60bロープ
 

 この後、3ピッチ分程、60度から70度の氷雪壁を同時登攀で登り、核心部の中間バンドに達する。
 
 このロックバンドは顕著なガリーを登ることになるのだが、氷が繋がっていれば、85度程、40bでそれ程難しくはないだろう。また、乾いていれば、北面ということもあり、陽が当たるので
上手くいけば素手で登ることができこれまた大丈夫だろう。
 しかし、この時は中途半端に薄氷が残り、しかもアックスやアイゼンを決めるにはちょっと心許ない。途中には氷柱とはいわないまでも、下まで繋がらない氷まで付いている。
 そんなわけで、こうなるとドライツーリングの出番となる。難しくはないが、場所が場所なだけにかなり緊張する。
 大体、こういう記録は大げさに書くことが多いが、今回ももしかしたらそうかも知れない。でも、ここの登りは楽しかった。



 これを抜ければ、あとは頂上まで高差400b程だ。傾斜も60度程の氷雪壁で、例えコンディションが悪くともかなりのペースで上がれるはずだ。同時登攀でスクリュー、カム、ナッツをフ
ルに使い、時間のかかるスノーバーは余り使わずに中間支点を取りながら進んだ。


 ルートのコンディションはそれ程悪くはない。所々雪が緩み、もがくところもあるが、ラッセルという程ではない。柔らかい雪の下には必ず硬い氷のそうがあり、それを確実に捉えれば、問題
はない。アンデスの南壁側にあるようなシュガースノーやチーズアイスなどとは無縁だ。
 しかし、問題は高所順応で、5800b付近を越えると、途端にペースが落ちた。僅か400b上がるのに6時間もかかってしまった。ヨーロッパなら1000bを1時間半で上がれる傾斜とコ
ンディションだ。

 氷なら少しは楽だが、雪だとかなり消耗する。できるだけ氷の露出した部分を使って登っていく。

 ランラパルカの頂上付近は広大な台地状になっていて、そこに上がるのには最後のロックバンドを登る必要がある。このロックバンドはそれ程難しくはないが、それはホールドが大きいた
めだ。ここまでは単調な氷雪壁だったため体も動かなかったが、ここは使う部分が変わるために意外に楽だった。

 ここの岩場を過ぎると、いよいよ頂上プラトーだが、やはり台地状の平坦部分のため、雪は深く、最初はくるぶし程度だったのだが、平坦になると完全にスネまで潜る状態だ。


  本物の頂上まではここからすぐ目の前に見えているのだが、下降のことを考えるとそこまで行っている時間がない。頂上プラトーに上がったのは16時頃で、それを横断し、下降、もしくは
頂上へ行くために反対側に付いたのは17時近かった。それぐらい雪が深く、消耗した。

 既にこの時間にはガスが頂上プラトーを覆っていて、時折、それが開けた時にしたが見える。

 下降する北東面は広大で、何処を降りればいいのか解らない。一瞬晴れて下が見えた時に、北東斜面の下にトレースが見えた。
 「あそこまで降りれば、何とかなるよ。暗くても行けるよ」

 下降は延々と続くクライムダウンから始まった。高差400b程、傾斜は50〜60度。途中2回(支点はスノーバーと露岩)の懸垂下降を交え、緩傾斜帯に降り立つ。ここに着いた頃には既
に暗くなっていて、ヘッドランプでの下降だった。

 漸く一息つける場所なので、ツェルトを被り、ガスでお湯を沸かし、チキンラーメンを半分ずつ食べた。既に気温は氷点下で、全てのモノが凍りついている。日中は気温が高いため、雪面に
触れていたものは全て濡れていて、手袋も完全に凍りついていた。危うく凍傷になるところだった。

 20分程休み、再び行動開始。

 頂上プラトーから見た下降可能ラインは左側のリッジ沿い。それを信じて進むが、突然、スッパリと切れ落ちた場所に着いた。
 「下がない!」
 加藤が先行して叫んだ。僕も見たが、確かになにもない。

 ヘッドランプで下を照らしてもまったく解らない。大きなクレバス帯に入っていたのは既に知っていた。本の数b上で、大きなクレバスがあり、久野がそれに掛かっていたスノーブリッジを踏
み抜き、危うく落ちそうになるのを加藤の確保で助かっていたところだ。
 とにかくこの辺りはズタズタで、何処で落ちても、何処で踏み抜いてもおかしくない状態だ。

 思い切って降りるにはあまりにも危険だった。下まで届いていなかった場合には登り返せばいいが、もし降りられたとして、ロープを抜いたあと、その先まったくダメだったら大変な状況に
なる。

 しばし加藤と家庭会議を行い、ビバークを決める。
 なんて言っても今回はちゃんとガスもある。あとはツェルトしかないが、寒さは我慢できるだろう。問題は高所。標高5800bというのはちょっと怖い。
 ヒマラヤなんかでは8000bでビバークなんて話を聞くけど、とんでもない話だ。

 さて、ビバークだが、ガイドで天狗岳に行くとビバークの仕方をやるが、まったく同じ事を行った。
 安全な斜面を探し、それを削る事で風よけの壁を作り、ツェルトをかぶる。

 今回はパタゴニアのザックで、これがなかなかの優れものだった。背中に入っているパッドは二つ折りになっていて、それを伸ばすと、ちょうど上体だけはそれに横になることができる。
 ビバークというと膝を抱えて座っている姿を想像するが、場所さえ何とかなれば、このザックは横になることを可能にしてくれる。更に、靴を脱いで(あるいは履いたままでも)ザックの中に
足を突っ込めばより快適なる。
 雪面に体がつかないようにしてツェルトに入っていれば、なんとか眠ることもできる。
 僕はできなかったが、加藤は寝ていた。大したものだ。
 
 ビバークは経験ある人なら解るが、なかなか朝が来ない。寒さも辛いが、時間が進まないのはもっと辛い。明日が来るのは解りきったことだが、それがなかなか来ないのだ。
 時計を見てもまったく進んでいない。
 1分は60秒。1時間なら3600秒。と言うことは21000回数えれば朝が来る。だから、数え始めるのだが、しかし200あたりで絶望感が襲ってくる。

 ガスを持ってきたのだが、なぜかこれがつかない。ツェルトの中は酸欠気味でつかないのだろうか。外に出すと風が吹いているのでまったくダメだ。マッチを持ってきたのだが、日中との寒
暖差のせいで、湿ってしまった。ライターだと火がつかなくなることがあるので、マッチを選んだのだが、まったくダメだった。濡れないようにジプロックに入れていたのも結露の原因かもしれ
ない。
 マッチ売りの少女のように、湿ったマッチをすりつづけた。一瞬火はつくのだが、すぐに消えてしまう。ガスにも火が付かない。息苦しいし、やはり酸欠なのだろう。 

 加藤が起きている間、2時頃だったと思う。寒くてたまらないから思い切って降りようというが、やはり、動けなかった。どうせあと4時間後には行動しないといけないのだ。

 寒さは我慢できるとして、水がないのは応えた。とにかく喉が痛い。雪を食べてもまったく改善しない。

 5時。漸く周りが明るくなってきた。
 僕は腰が痛くてたまらなかったので、思い切って外に出て出発の準備を始めた。とても寒い。足踏みを、スクワットをしながらゆっくりと出発の準備をする。加藤はまだツェルトの中で寝てい
る。

 6時頃太陽が昇りそうになる。が、なかなか顔を出さない。震えながら固まった体をほぐす。

 陽が当たり始めると漸く加藤が出てきた。
 出発の準備を終えて、さあ出発!の前に、ガスをつけてみた。
 一瞬で火はついた。これまでの苦労はなんだったんだ!

 雪を溶かし、水を飲み、残りのチキンラーメンを2人で分けて食べる。ハシがないので、アバラコフ用に持ってきたスティックで食べる。ハーケンで食べればボナッティだが、そこまで格好良
くはない。


 十分に陽が当たり、体が温まってから出発した。

 <クレバスに向かって下降を始める加藤。後5メートルで底の見えない暗闇にかかるスノーブリッジ> 


 昨日、落ちかけたクレバスは慎重に通過し、問題の箇所についた。下がまったく見えなかったクレバスだ。
 下を覗くとはるか下に雪面が見える。うっすらとトレースがある。
 
 岩角がないので岩にハーケンを打ち込んで支点として、懸垂下降をする。
 完全な空中懸垂となり、50b程で下に降り立つことができた。
 

 更にこの後、2回の懸垂下降。そのうち一回は60b一杯で、しかも空中懸垂。更に、降りた先には反対側のセラックが今にも落ちてきそうに張り出していた。暗い中での下降は無理だっ
た。
 

 あとは雪の斜面を降りて、イシンカとのコルに達し、トレースを追って下山するだけだ。


 とにかく疲れた。
 BCに戻るのも辛かった。ビバークはとても応えた。

 BCでは奮発して小屋に泊まった。食事まで頼んだ。ここの小屋は温水シャワーまでありとても快適だ。

 「とにかく一本」というのはなんとか果たした。

 ワラスまでの帰りは行きとは違う、パシュパ村経由。時間も遅くなっていて、しかも雷が鳴る中だったので怖かったが、この時間に降りるのはなかなか素敵なタイミングだった。


 ワラスについたのは夜も8時すぎ。
 下山が遅れて谷川さんやホテルにいた日本人にはには心配を掛けてしまった。申し訳ない。どうしてもビバークしなければ危険だったのです。






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