八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。


 グレポン東壁 (Grepon E face)  Le soleil arendez-vous avec la lune        

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Le soleil arendez-vous avec la lune 
2011年7月15日




 4時起床。
 けれど依然として深い霧は晴れぬまま。

 「グレポン」だけでなくシャモニを代表する名クラシックである「東壁・メールドグラスフェイス」へ行くパーティーはルートが易しいこともあって、出発していったが、同じグレポンの頂上を目指
すにも「ソレイユ・ランデブー・アベック・リュヌ」その名も「太陽と月のランデブー」という、ミシェル・ピオラが開いたモダンルートを選択した私たちは、流石に岩が濡れていると待たざる得ない。


 2時間待った。
 夜明けとともに霧が引いてくる。
 雪上のアプローチを除いても、ルートの全長は850b25ピッチに及ぶから、夜明け前に出発できなかった時点で山頂を踏むことは既に諦めなければならない。それでも行けるところまで
登ることに決めて出発する。

 取り付きは雪が大きく割れたシュルンドで、恐る恐る壁に移る。

 初めから数ピッチは、かなり濡れている。
 しかもムッシュ・ピオラ・・・常識的な弱点は突かず、困難なフェイスにばかり、しかもワザワザ導いてくれるのだから困ったものだ。
 彼はスラブ愛好家なのだろうか?


どこまでも続く壁


 右に2度目の流れを渡った左上の辺りから、面倒になったのか?フェイスなのにボルトがどんどん減っていく。いや、難しくはないので支点としてのボルトは要らないが、これではルートファ
イティングが兎に角難しい。
 合理的なライン、弱点を登ってはいけないのである!。
 常識的な自然なラインで登ると、支点の取りやすいクラックラインに移動してしまい、しかも大きくルートを外れてしまうのだから始末が悪い。

 何処でも登れそうな広いスラブで、上かと思えば登った横や下にボルトがポツンと打ってある。
 そこしか取れないクラックに支点を取ってから、気合いでランナウトしていくと、「あれぇ、何故?」気が付くと、探し求めていたはずのボルトが横にある・・・・

 各ピッチはそれぞれ傾斜の強さを持っていて、しかも長い。全てが45b前後で、40b以下のピッチなど、ほとんどないのだ。


上に行くに従って、ルートの性格はスラブからクラックに変わる(ココ、実はかなり傾斜あります!)


 ルートの性格は上部に来ると共に、ボルトは無くなりカムだけのクラック・クライミングに変化してくる。
 1ピッチが長いのでギアもカム1セット以上使うことがある。荷物は最小限と言っても、二人分の水もあるし、やはりそう軽いものではない。
 全長のあるルートだけに、軽装で取り付くわけにもいかず、ほとんど5.10以上のグレードの80度前後ある傾斜を、荷物に引かれ、重力に逆らいながら登るのは厳しい
(トポに載っているグレードよりも、例えばミディ南壁レビュファより、先日登ったもっとグレードの高いはずのナンチョン1より難しい!)。

 弱点を巧みについて、それほど困難を伴わないクラシックルートであれば、もう頂上に迫っている頃だろう(クラシックは8時間ほどで登れる)。
 しかも、クラックのラインになっても「これはいいサイズだ!」とジャミングを決めに行った手を、慌てて引っ込めることは度々だ。
 中がベッタリと濡れているのだから・・・

 それでも、度々迷いつつも、何とか20ピッチに近づいてきた。


 けれど東壁の日が陰るのは早い。しかも今年は夏としては気温が低いので、陰になった途端に急速に気温が下がり始める。

 屈曲したこのルートの下降は、正確に登ったルートを辿るわけではないので、日が暮れれば降りられなくなる。下降もルートファインディングが必須なのだ。

 グレポンの城壁のような頂上稜線の岩壁が近くに見えているが、タイムアウト。

 これ以上登れば小屋の夕食に間に合わなくて迷惑を掛けるのはまだしも、何処かでロープでも引っかければ、今度は日没にも間に合わなくなる。急激に気温の下がりつつあるテラスで、
二人頷きあうと、休む間もなく下降へ移った。


城塞のごとくそそり立つ、グレポンの頂稜岩壁を、口惜しく眺めながらのラペル(アッという間に城塞は遠ざかっていく)


 懸垂下降は少しでも効率の良い方法で、次々と下って行ったのだが、直線ラインでの下降ではないだけに末端を引っかける可能性が高く気を使う。途中雪渓を渡ったり、ラインから外れた
支点を探す必要もあり、少なくとも650b以上は登っているのだからなかなか降りきらない。3時間半もの間、ひたすらにラペル(懸垂)を繰り返した。


やっとのことで取り付き(もう周囲は陰り始めている)

 上部でコールが聞こえて、一般ルートを仰ぐが、私には視認出来ないほど遙か遠くに居る彼らは、まだ頂上へは着いていない。彼らはビバークの可能性が濃くなり始めて、焦っていること
だろう。

 取り付きで再び、靴とアイゼンを履き、確保しあってシュルンドを越えた。
 日没には充分間に合ったが、それでも小屋へ戻るパーティーは、まだ氷河上に何組かの後続がいる。


岩と氷河のはざま、割れ目を「シュルンド」と呼ぶ(雪が緩んで朝よりも、ちょっとドキドキ!この下の裂け目は深い)


夕食になっていた小屋では、テーブルが空いていないので、前夜に引き続きの2回戦。
「まだ帰っていない人達が居るけど、何処へ行ったのか解らないわ。残してあげてね」と、豪快にフライパンで温めなおしてくれたラビオリをいただく。冷え切った体はこれですっかり暖まっ
た。



 これだけのロングルートなので覚悟していた喘息も影を潜め、研修からまだ一週間と空けてはいない体も、案外これといった問題はなかった。
 つまりは身体的要素を上回る、精神的な要素が、研修では私の大きな重圧となっていたらしい。

 この夏、結局自分たちの目指した頂上を踏めたことは一度もなかった。
 なのに心は軽い。
 変な話だが、職業ガイドの自分が、山を嫌いになっていなかったことに、心底ホッとしたのだ。

 呼吸の満足に出来ない気管支で、苦しさに涙をこぼしながら登った山。
 ただひたすらに家へ帰れる日を待ちながら、それでも遅れないようにと、間違えないようにと、必死で付いていった山。
 それはもう自分の好きな場所ではなかった。

 初めからこの職業を選んだ訳ではなく、シャモニで目にしたガイドに憧れたからこそ今の自分がある。
 なのにそのシャモニを、山を、嫌いになることが、例えようもなく悲しかった。

 その悲しみから解き放たれたような、そんな開放感があった。

 嬉しい乾杯こそ出来ないけれど、それでもビールを頼んでみる。途端にお腹を壊したので、決して疲れていないということはないのだろうけれど、それでも、心と体は、ちょっぴり憂鬱から離
れられたような気がした。


 夕食時、「あんたたち、あの長いルートを登ってた人達かい?」と声を掛けられた。この小屋の周囲には、そこそこグレードの高くて長いルートばかりが引かれたピークが林立している。そ
の多くが10ピッチ以上400b前後のスケールを持つし、このエリアを愛好するクライマー達によって、リボルトも進んでいる。だからここは、ある程度レベルの揃ったクライマーだけが訪れる
山小屋だ。

 屈強そうなそのスペイン人は、ルートの状況を尋ねてきたのだが、後で高グレードのルートについて英語で歓談していた様子からも、なかなかに強そうだ。明日だったら岩も充分乾くだろう
が遅くなると雨の予報だ。だからこそ私達は今朝の悪いコンディションでも出発したのだ。
 しかし、彼らが早立ちし、ルートも乾いているとなれば頂上を踏めることだろう。



翌日、小屋のテラスから、みんなが写真に撮っていたものって?


「あ、あんな所に人が?」ケーブルが2本、張ってあるようです


 翌朝、グレポン東壁には2パーティーにわかれた4人が取り付いていた。随分早い時間から登ったようで、下部岩壁(7ピッチ程度)を9時には通過していた。スピードも悪くないし、このま
まであれば山頂へ着けるだろう。


 私達も「Children of the moon」の下部を試登してから、小屋へ戻った。

1ピッチ目は、トポと取り付きが何だか違う?どうやらココも、氷河の位置が下がって岩が新たに露出したらしい
「凄い!ツルツルだよ?ミキちゃん行く?」「いえ・・・遠慮させていただきま〜す」


2ピッチ目はどうやらツルツルではなくなったが、3ピッチ目、ココも弱点突くとハマるのだろうか?ムッシュ・ピオラ??

 
ここもまた・・・結構なお手前(お斜面)で・・


また事故があったらしい
ヘリがエギュ・ロック上部岩壁に近づいては離れ、チャレンジを繰り返している(結局は取り付きに人員を降ろして、再び拾っていった?なぜ?)


 グレポン東壁は位置的に全容が小屋から見渡しやすい。観察を続けていると、残念ながらルートファインディングの核心部、前夜久野が注意したポイントから、彼らは完全に外れて迷って
いた。
 実際、私達もこの部分の簡単な3ピッチだけで、2時間近くを費やしてしまったのだ。

 彼らが大きく外れたラインを修正することは、最早不可能なまでに直上してしまっている。ココまで外れてしまったらクラシックルートに合流したほうが良いだろう。


Grepon(3482m)E face(グレポン東壁)の全景
中央がTour Rouge(赤い塔)


遠くから見ると、「毛皮の落とし物?」。もう少し近寄ると、「あれ?マーモットの死骸?」。更に近寄ると、「あ、生きてた?」。
だらりんお昼寝中の、マーモットでした。


「りんどう」が、青じゃなくって赤い?


 イタリア側エルブロンネルの背後には、いつもの真っ暗な雲が湧き始めて、徐々にその領域を拡大しつつある。モンタンヴェールの駅までは悠に2時間以上ある。のんびりしていたら、私
達まで雨雲に飲まれてしまいそうなので退散した。


「退散」たって、これだから時間は掛かるのだ


ハシゴばっかり、なのだから


渋滞していて、待たないと下れません


やっと氷河が近づいてきた(でも、また駅まで登るんだよなぁ・・氷河から)


後ろにも、マダマダこ〜んなに居るんだな?


研修前に来た時は、左の氷河の斜面って、まだこの三分の一くらいしか露出していなかったのだが


さーっ、トッとと退散だぁ


 シャモニの街に到着したところ、ジャストタイミングで大粒の雨が落ちて来た。瞬く間に激しい降雨となる。
 雨に煙るグレポンを見上げ、あの裏側の、彼らは何処に居るのだろうかと考える。少なくとも見える範囲に下降している様子は無かったから、気の毒だが間違いなく雨にはやられているは
ずだ。

 彼らの最後の確認が出来た位置からすると、私達と同じぐらいの場所にいたから無理すれば頂上は踏めたかもしれない。
 けれど後の長い下降は、濡れれば極端に辛くなるし、そうなれば冷静さや判断力も奪われる。私達はそれを恐れて、頂上直下であっても降りてきたのだ。

 ヨーロッパの壁はそのスケールの大きさと、天候の移り変わりの速度が速く、登るのも逃げ足も含めたスピードが不可欠だ。無理は禁物、自分の行動を統率する意志が強くなければなら
ない。

 と、なると、体力が追いつかなければ「心」も共倒れになる私には、もっと鍛錬が必要だろう。

 ・・・・道のりは長い。






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山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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