八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属



 2010年 8月  北アルプス・無雪期 西穂〜奥穂〜前穂〜明神         

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2010年8月27日〜29日

西穂独標で暁を迎えながら、アンザイレンの準備を進める


雷のリスクがある予報にもかかわらず、振り返ってみても、後続はたまたま一緒になった単独行のお客Iさんのみ
Iさんがこの縦走路に来ることはメールで知っていたが、私達の計画は本来逆コースだったので、西穂山荘で偶然一緒になった


久野パーティーから見た加藤パーティー


どこまでも脆い岩稜が連なる


登ってはクライムダウンがどこまでも続く


この辺りは以前久野と二人で、初雪を迎えた晩秋に縦走した際、飛騨側の岩は全て薄いベルクラに覆われ、アイゼンでのクライムダウンより速くて安全な懸垂下降を繰り返した場所だ

 10月を過ぎた3千bの稜線は、条件次第で一気に冬山より厳しい、アイゼンも効かせられない薄氷に覆われたコンディションとなる。
よほどの準備と覚悟が無ければ、近づくべきではないだろう。


まだまだ続く縦走路に巻き道は少なく、巻き道に見えても稜線伝いに戻っていく

 ジャンダルムまで来ると、奥穂からジャンダルムだけ登りに来る、空身の人が目立つようになる。
 ジャンダルムは奥穂から見ればそそり立つ岩峰だが、西穂側からは数ある稜線の小さな一峰にしか見えず、お客さんも目の前にある壁がジャンダルムだとは、それを目前にしても気づか
なかったほどだ。
 これをわざわざ険しい馬の背を往復して登りに来るとは・・・それ以前に、もっと岩登りの練習が必要だと思うのだけれど。

 昼過ぎには、涸フェスで賑わう穂高岳山荘に到着。上から望んでも凄まじい混雑振りの涸沢には色鮮やかなテント村が出来、布団1枚に3人だとか?ちなみに穂高岳山荘は一枚に2人。
この辺りの小屋の布団は、普通のシングル布団の半分の幅なのに、どうやって眠るのだろうか?
 私達は早くに着いたので、追加料金を払って布団一枚ずつはゲットできました。

 反対のベッドには見るからに山ガールって感じの、白人の彼氏と来た女の子が入ったが、彼女は汗の手入れ後、サッとコンパクトを取り出して化粧直しし、更には買ったばかりのシェラフ
を取り出して潜り込んでみたりしている。シェラフの包装からは大きな乾燥剤と保存袋が出てきて、コレもまた何だろうか?と眺めている。
 今山行の出発前夜に、山ガールに関する取材を受けたばかりの私は興味津々、面白くなって思わず彼女に質問したくなった。
「あの、これから眠るのに、なぜメイクするの?」「え〜?眉書くくらいで、そんなキッチリやってませんよ」
「なぜシェラフ持ってるの?重くない?」「重かったです!こういうとこ初めてで、こんな布団とかあると思わなかったです」
「シェラフは普段は綿やダウンのロフトのために、さっきの大きな袋に入れて保管するんだよ」「え?あれ、オマケじゃないんですね」

 なんてやりとりをしたが、彼女らはシェラフの入ったザックを担いで、一気に上高地からこの穂高岳山荘まで登ってきたというのだから、それは元気なものである。

 この夜、涸フェスのお祭り騒ぎは遅くまで続き、「山のフィルムの上映会をします」だとか、「20:30からは30分の間、全館消灯をしますので、テラスのアイスキャンドルをお楽しみくださ
い」だとかいった館内放送が鳴り響き、とてもじゃないが、どれだけ疲れていたって眠れるものじゃない。
 「魔の涸フェス」コレって一般登山者には迷惑きわまりないものでしかない。

 夜明け前の4時。あれだけ騒がしかったのだから、多くは寝ているかと思いきや、多くの人が闇の中で出発準備に勤しんでいる。
 小屋のスタッフも早朝から働いているが、金曜日から連日のこの騒ぎでは、スタッフもさぞかし疲れていることだろう。それでも朝弁当を摂るお客を見つけては、闇の中でお茶を配る細やか
な心遣いを見せている。
 そんな彼女らを捕まえては、朝弁当の引換券を手渡し「お弁当ください」と、平気な顔で頼む登山客。それ、ちょっと違わない?街だったらそんなことするのだろうか?例えば旅館に泊まっ
て、朝の4時に弁当くださいって言うのだろうか?山だから許される常識なんて、無いはずだと思うのだけれど。

 そんな雑然とした小屋を発って、再び奥穂高岳山頂に向かう。昨日の9時間半に及ぶ長い行程を終え、更に明神岳縦走は無理だということで、今朝から2パーティー4名のお客さんのうち
一名が脱落。今日は5名で上高地まで10時間以上の道のりを行くことになる。

 小屋のテラスでは既に団体ツアー様が準備運動中だったので、長いハシゴが団体様の後になったら大変!と、馴染みのツアーリーダーであるK氏に、「これから上(奥穂高)?下(涸
沢)?」とゼスチャーで質問。幸い応えてくれたK氏の親指は、しっかり下を向いていた。

 奥穂山頂で喜びを分かち合う登山者の間を抜け、前穂に向かう。私達のゴールはこの吊り尾根を下り、前穂に登り返し、更には明神岳主峰から5峰を次々に越えた、まだ遙か彼方なの
だ。

 久々に通る吊り尾根は、下る方だからとはいえ「こんなに悪かったっけ?」というほど危険な登山道だ。手を使わないと危険なクライムダウンや鎖場も多く、ここで無理矢理ストックを使って
いる人がいるのには驚いた。

 前穂高からの明神岳縦走は、は西穂奥穂間に匹敵するほどのコースタイムを要する。稜線の直線距離こそ同じではないが、人に踏まれていない分ルートファイティングが難しく、岩も安定
していないからだ。稜線から下、森林限界の中でも草付きや根で滑りやすい、険しいナイフリッジが続く。この明神岳の稜線では、今シーズンだけでも既に単独行の人が1名、幕営後に消
息を絶っている。


さぁ、前穂から明神岳主峰に向けて出発!ここから先には、もう登山道は無い
下り主体のため、先頭に立つお客さんのルートファイティング能力が問われます


時にはロープを延ばしてピッチを切る
前穂から明神5峰の縦走路には勿論「鎖」など無いので、明神岳2峰では主峰側からがクライミング、5峰側からだと懸垂下降となる。
ロープは必携だ。


遠くから次の峰をよく観察、近づいてしまってからでは解りにくいルートの読みを忘れずに

 主峰からの稜線上には、いい加減な赤布が頻繁に残されており、どう考えても正しい踏み跡から離れた崖沿いの危険な巻き道に導いていたり、ただ単に「自分たちが通った後」にばらま
いただけの赤布でしかない。親切というより、これでは危険に陥れるための罠にしかならない、ゴミの赤布だ。

 2峰へ登るためのビレイポイントで、東稜を登って来たらしいパーティーと会う。テントにクライミングシューズと一杯背負って来たらしく、大きな荷物で先を行く。3峰からの下りは稜線伝いだ
が、先行も赤布も巻き道を通っている。「あれ?確か稜線伝いのはずだけど」と思いつつも、「でも巻けるのかも」と思ったのが間違いで、やはり忠実に稜線を辿るのが正解だった。

 近年は北鎌にさえペンキ印を付ける輩が居るくらいなので、こういったルーファイ能力の問われる稜線は、今となっては貴重な場所だと言えるだろう。


5峰は這松の海を漕いで下り、5峰台地からはナイフリッジの急下降が始まる

 張ってあるフィックスを辿るにはトラロープは頼りにならず、支点も腐って今にも抜けそうなリングボルトがあるのみ。木や岩を利用しながらのショートロープで、どこまでも下らなければなら
ない。
 樹林帯の一般道であればロープを繋がなくとも良いのだが、このナイフリッジを一旦落ちれば、草付きを滑って止まらない。両側に切れ落ちた深い谷は、以前秋に来た時とは違って木立
の茂みに隠れている。枯れ葉に足を取られる事はなくとも、今度はその茂みに視界を遮られ、足下に入り組んだ木の根が解らない。


中央の緑に埋もれた岩、実は立ち幅1bにも満たない、険しいナイフリッジだったりする

 昨日も10時間あまりの長い岩稜縦走、そして今日は更に険しい岩稜での緊張を強いられ、皆足下が乱れ始めている。こんな疲労のピークこそ、最後まで気を引き締めて頑張らねばなら
ない。
 疲労の色が特に濃いお客さんには、久野の叱咤激励の声が飛ぶ。こんな時、久野はかなりお客さんにも厳しい。(もう少し優しくってもいいのに・・・可哀想だなぁ)とは思うが、これも小さ
なつまずきが大きな事故に繋がる可能性のある、危険箇所の通過であるため八も植えない。

 縦走の始め頃には行ける方にしか進まず、ルートファイティングがなかなか上手くいかずにいたAさんも、3峰付近からは視野が広がってきて複数の踏み跡の先を読んでくるようになった。
危険箇所では自分が先に降りた後サッと岩にロープを巻いて安全確保するなどの余裕も見せ、この長い縦走中にグッと成長したようだ。
 何時も思うのだが、その山行が厳しければ厳しいほど、それは冬の赤岳でさえ、一つのことをやり遂げた後のお客さんの歩き方も、一種面構えというものも、大きく変わってくるのだから不
思議なものだ。

 狭いリッジが終われば急斜面が続くので、今度は落石を落とせば前の人に飛んでいく。木の根や笹の根に疲れた足を取られ転倒もする。延々と緊張感が続き、漸く登山道に出て皆で休
んでいると、「あ、こんにちわ〜」と、ニコやかに昨夜の女の子が通っていった。前方でその彼も「Ou!コ〜ンニ〜チワ〜」と振り返る。・・・そういえば、前穂を経由して岳沢に降りるって言っ
てたっけ。

 岳沢登山口には、涸フェスに参加したらしい山ボーイ達が休んでいた。乾ききった体に冷たい湧き水が染み通る。それを見た彼らのうちの一人が「それ、飲めるんですか?」それは飲める
に決まってます。何たってココから湧いてるんだから。

 冷たい清水でちょっと回復して上高地に到着したのは、穂高岳山荘を出てから11時間後。けれど上高地のバスターミナルに着くその前に、行列の末端に出会ってしまう。「・・・あの、こ
れ、もしかしてバス待ちですか?」「ああ、沢渡ですよ」どっひゃぁー!

 沢渡に降りるAさんをそこに並ばせ、他の末端に声を掛ける「これ、どこ行きですか〜?」皆行き先のプラカード持ってバス待ちしているわけでもないので、末端ではこうして自分の行く先の
バス行列を探さなければならないらしい。

 平湯行きの列を見つけて並んでいると、どうやら今日は一般の観光バスの規制が解かれているので、道路の一車線が駐車場に入りきれない観光バスで塞がれているということが解っ
た。道理で明神岳から見たバスターミナルが、色とりどりのバスで埋まって居たわけだ。

 バスは補助席まで埋まって満席のスタート。なのに、道路が上がってくる観光バスで塞がれ発車が出来ない。そこで排気ガスを減らした環境に優しいシャトルバスは、エコのため?にアイ
ドリング・ストップで待機する。つまりエアコンも切れるので、満席のバスはそれこそサウナ状態だ。

 「膝の上に乗せてくださいって言われたけど」という、側の席に母親やお婆ちゃんらしき女性に挟まれ窮屈そうにしていた子供は、どう見ても小学生。大人こそ皆ジッと耐えてはいるが、こ
の状況に子供が耐えられるはずもなく、「暑いよう!降りたいよう!」とむずがっている。

 対向車線には、続々と上がってくる観光バス。勿論エンジンもエアコンもガンガンかかっているし、エコカー仕様であるはずもない。誰がどう見たって理不尽な状況なのだが、流石は忍耐
強い国民性なのか、皆ジッと再びエンジンのかかるのを待っている。

 エンジンがかかった。同時にエアコンも始動した。車内に安堵の溜息が広がる。こういった中途半端な環境への配慮って、エコって言うのだろうか。徹底してこその環境保護と、言えるの
だと思うのだけれど。

 これほどの混雑とは、小屋以外は無縁で済んだ、今回の岳沢一周。誰も居ない縦走路で受ける爽やかな風は、どこまでも険しい岩稜での癒しの風でした。
 登山具メーカー主導なのではないかと思われかねない、山のオーバーユースに繋がる山の祭りに、シャトルバスの意味が無くなる一般バス規制の解除。社会的には、色々と考えさせら
れた山旅でした。




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山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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