八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属
ここ数年は根雪の付くのが遅く、11月に雪の涸沢を訪れるのは久しぶりのこと。
大正池の傍らから見上げる焼岳は、真っ青な空を背景に、岩に映える新雪、麓に残る唐松の黄色い輝きと笹の緑が絶妙な色彩となって、平凡な夏の姿よりも遙かに素敵だ。
雲に隠されながらも、時折覗く穂高は、周囲にいろどりの無くなった晩秋の上高地からは、一層その白さが際だって神々しい。
喧噪に満ちた夏に訪ねるくらいならば、やはり木々の新緑と残雪の眩しい春、そしてこの晩秋を訪ねなっければもったいない気のする場所、それが上高地なのです。
晩秋の上高地にみつけた「芸術の秋」
明神を過ぎる辺りから前穂高の東壁が大きく立ちはだかってくる。この時期の雪をまとった壁は、まるでヨーロッパアルプスを想わせる迫力を備えている。(この前穂東壁は、井上靖の著
書「氷壁」の舞台にもなった)
屏風岩には既に2ルンゼに氷が繋がり始めており、アイスシーズンの期待が高まる
本谷橋からは完全に氷雪の世界に一変して、ここまで履いてきたアプローチシューズを今シーズン初の冬用登山靴に履き替える。
ハイキングで来た人達ともここでお別れ。
「あそこを登っていくのね。ほら、あの山に行くんだわ」という声が後にした対岸から聞こえてくる。
穂高の山頂はおろか、今日の宿である涸沢さえ、まだ見えない遙か先なんですけれども・・・
まだ粉砂糖のような積もったばかりの新雪は、とても良く滑り、更に時々隠れている凍結した箇所にも注意が必要だ。
涸沢は上高地とはまた違った、神々しさというよりももっと厳しい表情で、この晩秋に訪れる登山者を迎える。周囲の山はコンディション次第では容易に登山者を寄せ付けず、不安定な雪
は厳冬期につぐ難しさを課してくる。
この凛とした静寂こそが、遠い稜線を持つ穂高を背景に持つ涸沢の魅力でもあるのです。
小屋閉めを前にした涸沢小屋は意外に賑やかで、ヒュッテの方もそれに勝る人出のようだ。
2日目、朝食を終えてからは一斉の出発。夏とは違ってまだ暗いうちから稜線を目指す人は居ないように見える。
この時期に岩を交えるザイテングラードを登路に選ぶ人は僅かで、そのほとんどは北穂沢を登っていく。カールでそのまま谷を山頂へと詰める北穂沢組と、岩稜を経由する東稜組とに別
れていく。
左/アプローチはまず夏道から
右/北穂東稜から、積雪期の一般登路である北穂沢を望む(今年の3連休、登山者が多い。点は登山者!)
今回体調のすぐれないIさんは、雪の中に一歩一歩を踏み出すのも辛そうで、何とか山頂だけでもと沢経由で挑む。もう70歳も近いのだから無理もない。
沢の中に居た人はもうほとんどが山頂に近づきつつあるが、岩稜である東稜は大渋滞して進んでいないのが、手に取るように見える。
亀の歩みながら、苦しみつつも足を出し、雪の北穂に立ったIさん。10台から山を始めて60余年、これが北アルプス初の頂だとお聞きしてまたビックリ。
華やかな北アルプスを除いた山を、登り続けて来たというのもまた渋い!
まずは北穂東稜まで上がるのが一苦労、かつ落石の危険ありです
フカフカの新雪と、岩のミックスした稜線。春の残雪期とはまた違った、この時期ならではのクライミングが堪能できます
そしてロケーションは厳冬期並み
左/涸沢を眼下に北穂東稜最後のつめです 右/北穂山頂から、雪煙を上げる奥穂高を望む
東稜組はスタックしたままのようなので、待っていても埒があかず、撮影を終えて下山にかかる。
下山してきた東稜組の人が口々に語る言葉からは、渋滞していてもそのロケーション、クライミング内容は充分楽しかったようだ。
北穂の東稜からは右にキレットや槍の穂先、左の眼下に広がる涸沢カールと、雪煙を巻き上げる厳しい表情の奥穂やジャンダルム、そして前穂の北尾根。
確かにそれらを両側に眺めつつ歩く、しかも足下の切れ落ちた岩稜はスリルに満ち、更には不安定な雪の処理も加わって、適度な緊張感までもが楽しめる。
この時期を選び、わざわざ涸沢を訪ねる理由がここに在るのです。
下降は急斜面ながら、積もったばかりの新雪で、転んでもフカフカなのですぐに止まってしまいます
気温次第でアイスバーンになると、これが一気に難しくなることも・・・
前回は雪が少なく、下山路は危険な夏道である南陵からでした。が、今回は沢に積もった雪から直登した往路が使えたので、下山も容易に戻ることが出来ました。
この時期は雪の条件次第でルート取りも大きく異なり、コンディションによっては最後まで大きな緊張感を強いられる可能性もあります。
北穂沢のど真ん中を、間隔も空けずにアイゼンも付けたままグリセードで突っ切る山岳会。
「それ、危ないですよ」
まだ根雪が無いだけにフカフカの雪の下には岩が隠れており、アイゼンを引っかければ一発で骨折。間隔が近すぎれば、アイゼンは仲間を傷つける凶器となるのです。
早くに下山出来た人達は横尾まで下りてしまったけれど、小屋閉め前の涸沢での晩餐は、山小屋では有り得ない程の豪華版。刺身も肉も盛りだくさんで、汁物もこれでもかという程の具
だくさん。いやぁ〜最後の連泊もいいもんです。
余りに豪華すぎて、食べきれない年配の方も多かった↑サーモンもタコも超厚切りです
(奥穂にもう一往復必要か?もちろん我々のテーブルは完食でした!ゴチソウサマ〜)
既に登山者の姿はほとんど無く、観光客で溢れる上高地に戻ると、時期が時期だけに好奇の目を集めます。真っ白な稜線に囲まれた上高地で、ヘルメットやピッケルを付けた私達は、ち
ょっとした変人に見られているのかもしれない。まして冬靴までくくりつけて歩いていたのだから。
明神岳
山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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