八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。


 2012年GW 5月 北アルプス・残雪期・竜王岳東尾根       

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バックに見えているのが「龍王岳東尾根」僅かなこの距離なのに、目標物に乏しい尾根では、方角が全く解らなくなります。


歩くのにも突き飛ばされそうな突風と視界不良の中で、コンパスと地図を読みながら、漸く一ノ越に戻りました



2012年GW5月5日 


ミキヤツ登山教室では、大型連休後半の4日間に予定されていた剱岳が全て中止。最後のチームだけは、ギリギリ天候が保つかも?という判断で入山しましたが、それも予報が悪化し、
最終的には一日目を「竜王岳東尾根」へ。

集合を早めたものの、私達と同じく大町から入った人達は難なく集合時間前に室堂入り出来ても、富山からの人達が立山駅からは容易く上がれない。予約制故の大混雑か?近年はバス
ツアーが富山側を出発点にするため、GWの2,3時間待ちは普通であるらしい。

天候は長くは保たない予報で仕方なく、到着が遅くなった1人は私が残って迎え後から合流、更に遅れて午後になるもう1人のお客様には、直接小屋に入って貰うことにして、この他のメン
バーで一ノ越を目指した。


「龍王岳東尾根」を行く(岩は硬くて快適。天候さえ良ければ、ロケーションも素晴らしいはず?)



先頭が久野ガイドパーティーで、2番手は種村ガイドパーティー(私加藤は隣の尾根から・・・あれ?この時にはまだ一ノ越方面が見えています)


一ノ越で準備して東尾根末端に到着した頃から風の強さが増し、登っている間には幾度も突風に煽られる。これが技術的にも難易度の高い尾根だったら、引き返すしか無かっただろう。



初岩登りのHさんも、これでクライミングに目覚めたかも?



ピッケルを深く刺し、シュルンド(雪面の割れ目)を乗り越えてくるHさん
(背後の黒い点は東一ノ越を目指すスキーヤー、この下に黒部ダムがあります)



アッという間に視界は閉ざされていく


途中で久野が確保する目の前に雷鳥が居たと言うが、隣の岩稜で同じくセカンドの確保をしていた私には、近くであっても見えない。
それくらいに視界も悪く、この荒れた天候を喜ぶのは雷鳥だけだろう。イヤ、お客様も、案外喜んでいた・・・らしい。

雷鳥の糞や羽毛、足跡はそこかしこにあるのだが、のんびりその姿を探している場合でもない。山頂も流れては去る深い霧で、まったく見えない。

凍りついた岩稜にアイゼンの前爪を掛けて登り、雪壁を登り、幾つかの雪の割れ目を乗り越えて、到着して初めて解る山頂の標識を前にする。


岩登りよりも急峻な雪稜の方が、必然的に運動量は多くなる


ホッとしたのもつかの間。急いで下山にかかる。

幸い一般ルートからのトレースが来ていたが、それも5mほどの視界では見失いがちで、富山大小屋の分岐から降り始めた際に、「何かがおかしい?」と地図とコンパスを広げたら、そのま
までも浄土山経由で下山は出来るが、最も確実に尾根を外すことのない一ノ越へ戻る方向からは、逸れていることが解った。

道理で小屋の前には足跡が入り乱れていたはずだ。先行者もこの視界では苦心したらしく、時折現れるトレースは蛇行したり登り返したりしている。 

そのままコンパスを頼りに、鞍部から真っ直ぐ室堂を目指すことも出来るのだが、スキーを履いているのでもなし。緩んだ雪に足を取られたくはないので、強風には耐えなければならない
が、忠実に尾根を辿ることを選ぶ。

雪面の傾斜や空との境目を見分けることも出来ない状況で先頭を歩けば、真っ直ぐ尾根を辿ることも困難となる。

久野が私を先頭に出して前方を確認させつつ、進む方向が変わっていけば後ろからなら解るので、声掛けで修正しつつ一ノ越山荘の前に戻った。

決して長くはないはずの距離が、吹き曝しの稜線ともなれば何倍にも感じられ、対風姿勢での行動で皆思った以上に疲れたようだった。



計算ある「挑戦」と、行き当たりバッタリの「軽率」


挑戦ナシにはステップアップは出来ない。けれど大きく踏み出しすぎたステップには、大きな危険も伴う。

出来れば自分で経験するのは、小さなステップに止めて欲しいだけに、ガイド山行だからこそ、こういった経験を積むことも、やはり大切なのだろう。

勿論それでも、天候の先行き、山の距離やメンバー構成、そのスピードによってよく吟味すべきで、無理は禁物だろうけれど。


先日の講習で学んだ、フランス国立登山学校教官の言葉から。

「判断に迷ったその時は、シンプルに考えること」

「周囲に惑わされることなく、他の要素(自分の好み、希望、時間の制限など)は、全て排除する」

「安全か?危険か?ただそれだけ」

「そこから選べば、自ずと進むべき道筋は決まるはずだ」


この判断基準はとても解りやすく単純明快だけれど、案外難しいことでもあって、人は判断するその時、実に多くのことに惑わされる。

例えば私達の国際研修には、それが検定試験を伴うだけに、近い年齢のしかも同業者である他の研修生(会社だと同僚)の反応や、検定員である講師(会社の上司?)の反応がいやが
上にも気になり、強気には出られないまま、自分自身がリーダーである仕事では通常しないはずの判断をしてしまったりもする。

一般の登山者であれば、休暇の都合や、「前回は敗退したから今度こそ」という思惑や、「年齢的に最後だから」なんていう思いによって、人は時に強引ともとれる判断と行動に出てしまう。

私達の日本人講師でも基本的には言っていることは同じだったし、私達既にガイドとして働く者にとっても、同様な基本理念でなければならないだろう。

当然ながらこれは、山という自然を相手にする以上は、低山だろうと沢やスキーだろうと、登山者の全てに当てはまる判断基準なのではないだろうか。「迷った時には、ごくシンプルに考え
る」

ただしこれは、「進むべきか?戻るべきか?」の二者択一ではない。


「進んだら危険か?そうでないか?」のどちらかを、その時の自分の置かれた状況から判断してみよう。

山での危険に遭う確立は、決して0には出来ない。けれど事故は、その危険に遭う幾つかの可能性を、積み重ねた時に初めて起こる。

世の中の山岳事故もやはり、決して0にすることは叶わないのだけれど、せめて私達の元で基礎を経験し巣立って行く皆さんには、
計算のある真の「挑戦」によって、危険度を最小限に減らしたステップアップを、志して欲しい。



2012年5月6日


既に翌日も視界不良が予想されていたので、二日目の前夜には小屋でベアリング(方位)を出し、雷の恐れから4:00出発で9:00には小屋帰着という予定で備える。

ところが出発して数百mで、稜線の向こうに光が閃いた。一瞬「誰かのたいたカメラのフラッシュ?」と思ったが「いや、あれは空全体だった」と思い直し、更に後方に居た久野に確認を求め
る。雷雲が近づいてる!

歩き続けるお客さんの先頭にストップと叫び、急いで小屋に取って返す。

一ノ越の稜線より向こうでの雷だったためか、音はほとんどしていなかった様だ。
その後ややあって、小屋に戻った頃にははっきりと雷鳴が響きだしていた。
気が付くのがもう少し遅く、だだっ広い一ノ越まで出てしまった後では、大変なことになっただろう。


結局みんなで二度寝の後、9時にピークだった強風が落ち着いた頃に外へ出て、雪上講習をする。

雪上の歩き方を学ぶのが初めてな方も中には混ざっていて、ピークは過ぎたとは言えど霰の顔に打ち付け、ウェアはたちまち凍り付くような天候の中でも、皆熱心に滑落停止やアイゼンワ
ークに励んでいる。

その真摯な姿に、「よーっし!私も」と、近場でクレバスレスキューの復習をする。小屋の前だったので時折見学する人も居たが、雹や霙の中では、それも長く立っては居られないのか、し
ばらく眺めると皆立ち去っていく。

小屋の近くの斜面での講習を終え、部屋に戻った時には、全員がズブ濡れで、しかも凍ってバリバリ状態。

その割には、みんな楽しそうだったのが、何かやっぱり雷鳥みたい?

天候には悩まされ続けたGWでしたが、案外楽しめた、帰国以来の初仕事。なのでした。


こうして改めて歩いてみると、海洋性気候である日本の山って、その標高の割には、大陸のアルプスとは違った、独自の厳しさと気象条件があるように感じます。


この大荒れのGWに、北アルプスの稜線で凍死に至った登山者は、既に8名に上る。

そしてこの翌日には、更に2名の若者が、命を落としました。
丁度私達のお客様の中心世代の、前途ある30代。最も山が楽しい時期だったはずの彼らなのに・・・とても、とても残念です。




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山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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