八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。

 山岳ガイド ミキヤツ登山教室の山行記録 チョピカルキ南西稜       

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2007年6月5日   


まずは「高所順応から」ということだったので、コルC5600bを目標にして6:00に出発。BCからは1300bの登りとなる。
正確にはアップダウンもあるのでそれ以上だ。


朝焼けのワンドイ



ピスコ



チャクララフ



目指すチョピカルキにも朝日が差しはじめた・・・まだ遙か彼方だ


ワスカラン・左が南峰、右が北峰


雪上は後半のみだから運動靴で歩く方が良い。
各個人装備が、冬靴にアイゼン、ダブルアックス、ハーネス、防寒着に水1.5gずつ。他には、私が予備の水2.5gとツェルト、
久野がロープにギアを持つ。


最初のモレーンの尾根から、2番目の尾根に取り付いて歩く
モレーンキャンプ4900bは、左からはいるチョピカルキの氷河と、右前方のワスカラン南峰との間、コルの下部だ


久野の方が、何と言ってもザックは重いはずなのに、やはり前日の順応でモレーンCまでは大きな差が出て来た。
何たる様だろう、まだ5000bにも達していないのに。
そうは思っても、やたらとザックが肩に食い込み、体がまるでいうことを利いてくれない。
山野井さんの奥さんである妙子さんが、年齢によって高度に弱くなったという話が頭をよぎる。

  
クルシ〜!後方右の、谷の中がBCです。バックは左から「ワンドイ」、そして「ピスコ」に「チャクララフ」



初年度の私は、既に順応山行の時点で体調を崩し、あとの二人が順応する間はテント番だった。
結局、トクヤラフ6032bへは、そのまま順応無しでも登れた。
昨年も初回のイシンカ5530bでは、ラッセルもものともせずにまだ順応しきっていない久野を引っ張って行った。
こんなはずじゃ〜無かったのに!
「ヒョッとして、余裕かまし過ぎたかも?私もさすがに歳なのかなぁ」
と、益々重くのし掛かる荷物に、気まで重くなる始末。

見かねて「持ってやるよ」と久野が助けてくれた地点から5分程で、気が付くと氷河の末端だった。
帰りはここに雪上装備を全てデポする予定だ。

ヨレヨレの私は「もう此処でいいや」と一度は言ったものの、私が良くても久野は出来るだけ順応したいはず。
しかしここから先は、クレバスがあって決して安全とは言えない。


氷河にたどり着いても、まだ頂は遠い


ま、トレースがあるうちに偵察が必要だし、動いてみよう。と装備を付け歩き出す。
初めだけは先を歩いた久野も、これ以上は順応が済んでおらずペースが鈍って来た。
5100b程で、これ以降はトップを交代する。


クレバスを縫って進む


まずは5400bで下りがあって、「どうしよう?そろそろ戻る?」と訊いてみた。
「コルCまで行けば?」
そこで5600bのコルCまで歩を進める。
クレバスが多く直進は出来ないから、距離は随分ある。途中に、上で泊まっていたらしい一組の下山パティーとすれ違った。


(まだ、帰らんのかなぁ・・・・)


同じようなやりとりの後、このトレースなら暗くなっても戻れるとの判断で更に進む。
6000b。さすがに頂のスノーコーンが間近になって来た。
「じゃ、折角だし、最後の台地まで行って頂上にしておこっか?」と言うと、
久野が「エッ!マジ?」という反応を示した。


み「左寄りのスノーコーンが山頂です」
ここから見えるトレースは、全て登ったのだけれど・・・


・・・・どうやら二人の思惑には大きな誤差があり、

私の場合は、
「戻るなら早めで体力は次の登頂に残したい。でもセッカク6千越えたら、行くっきゃないでしょ」

久野の場合は、
「行けるところまで順応はしたい。ケド、早くミキちゃんバテてくれんかなぁ」


ところが久野の期待に反して、高度を上げても私の速度は一向に衰えを見せない。
どころか、前半のモレーンを歩く方が、歩く速度としては遙かにノロかった。
だから久野の考えも仕方ないのだが、実際のところは私にとっての問題は高度ではなく、
装備の足枷であって、下の方が遙かに辛かったのだ。


諦め顔で付いてきた久野だが、もう頂上付近に出ようか、というところで遂に頭痛を訴え、
「もう僕、ムリッ、確保するし、頼むから降りて!」
と叫ばれる。
その時私は、急な壁にダブルアックスを振るって、その壁を、残すところ100b程の処に居た。
「兎に角、速く降りてくれないと頭が割れるようだ」
そう言われては仕方がない。
今しがた登ってきた雪壁の下にはクレバスが開いており、スノーブリッジの通過も含まれているからだ。

「もう、来ることも無いだろう」
という想いが、チラッと頭を掠めはしたけれど、何を現時点で最優先させなければならないか考えれば、答えは単純明快だ。
(東壁は頂上へは出ないで南西稜のやや下部へと抜ける予定だし、
東壁のコンディションも登攀可能かも全てはまだ不明なのだ)


久「頭が割れそう、痛いようっ」


結局は、二人の勘違いと言えばそれまでなのだが・・・
かなり間抜けといえばマヌケな話でもある。

久野には、頂に向かってばく進する私の背中が、「非情」なものと映ったそうである。
「このヤロウ、もっとヨセミテで虐めとけば良かった」と。


み「もう降りるよ〜」
久「ちょ、ちょっと休ませて・・・」


これが「ウルタ」です


かくして、そんな二人に残されたのは長大な南西稜の下山路、そして日が落ちるまでの僅かな時間。
モレーンCで日暮れを迎えたものの、ランラパルカでの悲壮な下山を思えば、まだマシなものである。
既に行動時間は12時間を超えたが、あの日はまだこんなものじゃなかった。
闇夜に突然懸垂下降点に立たされることも無ければ、ビバーグすることも無い。水もある。
靴を履き替えても、崩れかかったモレーンはまだ安全とは言えず気が抜けない。
昼なら何でもない場所でも、踏み抜けば闇の底に飲み込まれてしまう。
だから休んでは水を飲み、気力を整える。


落陽に染まるチョピカルキ


ライトの灯りを消せば満点の星空だ。
「南十字星はどれかなぁ」
「星が有りすぎて星座なんて解らないね」
なんて言ってる間は現実が遠ざかる。
「さぁ、そろそろシェラフにでも入ろうか」な〜んて、
既に天場に居るような気分に、一時は浸ることも出来る。

が、ライトの灯りをともすと突然、足下のモレーンが露わとなって現実に呼び戻されるのだ。
・・・深い溜め息をついて二人、重い腰を上げる。
そんなことを繰り返し、モレーンの底でケルンを捜しあぐね、15時間後にはテントへ戻っって来た。

こうして、1週間の山行はナゼか4日間にて終了し、翌日も沢山残った食料を担いで、
車道まで2往復する羽目になった私達なのでありました。

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山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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