八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属

 山岳ガイド ミキヤツ登山教室の山行記録 グランドロシューズ北壁(Vivagel)       

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右の山の真中がグランドロシューズ。中心にある四角い山がドロワット北壁、左の山がクルト北壁




久野弘龍(山岳ガイド) フリーソロ

 このとき、ロジェールキャンプ場にいた住人は皆一人で登りたがりな奴等だった。これというのも鈴木謙造君がここにやってきたからに違いない。少なくとも、僕が一人で登ったのは、パート
ナーが仕事でスイスに行ってしまったからだけでなく、彼に刺激されたからだ。

 謙造君の向ったのはサンノン北壁、フレンチディレクト(グレードED2)で、僕の向ったのは彼のよりもっと簡単なVivagel(TD+)。謙造君に「あまりソロは勧められないけど、初めてソロをす
るなら得意なものからやった方がいいですよ」というアドバイスをもらって決めたルートだった。 
 そう、僕には初めての本格的なソロ(フリーソロ)クライミングだった。

 Vivagelは標高差1000m。コンディションがよければ下部がクーチェリエクーロアールの左側(50〜60度)を500メートル。その後、トポによれば200mほどが70〜85度の氷の滑り台。残りは
60〜70度の氷雪壁と易しいミックスで4102mのグランドロシューズに着く。
 僕の登ったときは、クーチェリエクーロアールの途中から氷が出ていて、また上部の氷雪壁も氷が出ていたので、下部300mが雪壁。氷が550m。最後150mが易しいミックスと恐怖の雪稜
だった。

 謙造君が登った翌日、僕も出かける。謙造君の向ったルートも、僕の向うルートも出発は一緒で、グランモンテケーブルの頂上駅である。そんな訳で、彼は「一人で眠るのは寂しいから、
いっしょに行って話でもしてましょう」と誘ってくれたのだが、前日までにかなり雪が降っていたのでもう一日置きたいと思い、翌日に行くことに決めていたのだった。 最終ケーブルで上がっ
たのだが、時間があったので備え付けの望遠鏡で目の前にあるサンノン北壁を見る。
 あるある。氷雪部分にしっかりとトレースが残っている。でもちょっとおかしいぞ。彼の登る予定だったルートの隣にトレースがついている。彼のではないのか。不安になるが、彼のことだ。
なんとか登っているだろう。
 2日後に僕がシャモニに帰って謙造君に聞くと、フレンチディレクトからブリティッシュルートに繋いで登ったとのことだった。そして二つのルートを繋ぐ部分では彼曰く「凄い事してしまいまし
たよ」というクライミングだったそうで、彼は興奮して話してくれた。

 Vivagelの下降はベルトのノーマルルートであるウィンパークーロアールで、ここは日が当たると落石と雪崩の巣であり、モンブラン山群では最も事故の多い場所である。なんとしても朝早
いうちに降りたい。そんなことで出発は夜中の1時として眠りについた。

 起きたら2時を回っていた。僕の時計にはアラームがついていなかったし、今夜の宿泊は僕だけだった。いつもは眠れないのに、今夜はなぜかぐっすり眠ってしまっていた。シュラフの効果
だが、これはまずい。慌ててスープとシリアルをお腹に入れて出発するが、それでも駅を出たときには3時過ぎになっていた。お陰で、初めてのソロでもスムーズに?出発することが出来た。
 ザックの中にはいつもは入っていないインナーシュラフやコッヘル、ガス、ザイルが入っている。なるだけゆっくり、穏やかに。時間も気になるが、下降は暗くなって、冷えてからすればい
い。それより、疲れないようして、コンディションの良いうちに一気に駆け抜けたい。穏やかに、穏やかに。

 4時30分頃、シュルンドに到着して、そのままルートの右端からシュルンドを越える。これを越えるのは何時も嫌だが、今回は一人なのでなおさら気が重い。シュルンドが開いているときは
苦労するし、繋がっていても、音や感触ですぐ下が空洞なのが解って気持ち悪い。

 シュルンドを超えたとき、小屋から上がってきたスペイン人パーティと会い、僕についてきた。彼らはクーチェリエクーロアールのノーマルを登るようだ。今日のクーチェリエクーロアールは彼
等と僕の3人だけの舞台となった。ここから全開だ!
 なだれ溝の右端に沿って直上するが、どこかでこれを越えて左上していかないといけない。僕の目指すルートはクーチェリエクーロアールの左奥にある。
 しかし、この雪崩溝がでかい。深さが3メートル近くあり、底は岩が出ている。しかも縁がえぐれていて、降りられないし、降りたとしても上がれない。不安を持ったまま進むが、ようやく降り
られそうなところがあり、それでもえぐれていないというだけで90度近くあって、そこから雪崩溝に入り、反対側へ渡る。

 クーチェリエクーロアール自体は人気ルートでトレースもあったが、それを追ってはソロではなくなるという思いから外してきたが、そうしたらこうなってしまった。時間をロスしたくないので早
めに左の方へトラバースしてVivagelの真下を登るようにする。
 これまではルートはハードスノーで登りやすかったが、途中から氷壁になってきた。これまで無理なくスピードを出すためにできるだけハイステップで、左右の手と足は同じ高さに揃うことの
ないようにしながら登ってきた。氷に変わってもすることは同じだ。全ての動作を一度で決めて、一回の動作で大きく体を引き上げろ!
 5時過ぎ、クーチェリエクーロアールの3分の2の高さにある島と同じ高さに、つまりVivagelの氷の滑り台の入り口が見えてきた。ここまで40分ぐらい。このままならクーチェリエクーロアー
ルなら1時間30分を切るのではないか。
 この頃から周りが明るくなってきて、ルートもはっきり見えるようになってきた。傾斜はトポに書いてあるほどきつそうには見えない。しっかりと氷もついているようだ。予定通りに登ることに
する。
 少し休んだ後、再び登りだす。

 氷の滑り台は幅1メートル前後。細いとこでは50センチぐらい。しかし傾斜はやはりきつくはなく。75〜80度あるかないか。それが部分的にもうちょっときつい所を含めながら、200mぐらい続
いている(一人で登っていると慣れていないので長さがよく解らない)。氷は張っているが全体に薄く、バイルを大きく降ると岩に当たる。場所によってはアイゼンの爪が当たっている所もあっ
たので、薄い所では5cm程度だったのか。初めてのロープ無しでの登攀だとこれは怖かったが、しかし、氷質は悪くなく、僕でも氷が割れるということは滅多になかった。
 快適に、気分よく登ることができ、ここでもハイステップで、左右の手足は絶対に同じ高さで揃わないように、梯子を上るようにすばやく登ることを心がけた。

 思ったよりあっさりと核心部を抜けると、そのままこのVivagelの直上するバリエーションが続いている。今の気合の入った状態ならいけそうだ。岩を縫うように氷が繋がっている。しばらくど
うするか考える。真っ直ぐ登った方がカッコイイ。楽しそうだ。でもこの先が完全な岩登りだったらどうする?僕にはロープ無しでそれがいけるか?だいいち、ソロのシステムをしたことないし、
判らない。
 直上するが、ロープ一本分登ったところで、怖くなってクライムダウン。
 やっぱり怖いし、今無理せずとも次でもっと良いとこ登ればいいんだと納得して、ノーマルルートを行くことにする。

 後は60度ほどの氷雪壁と簡単なミックスを残すのみだが、やはり7月の後半ともなると気温も高く、朝日も直撃しだすと一気に雪は緩み、雪壁だと思っていたここの部分は腐った雪が所々
うっすらとのった氷壁になっていた。
 最初は雪の部分を選んで、少しでも楽しようと思っていたが、雪が緩いので結構スリップするようになって来た。ずっと右上し続けなければいけないので、いちいち蹴り込んで登っていては
疲れるので、仕方なく雪は避けて氷を選んで、できる限り足はフラットに置いて登ることにする。

 この頃から一気に疲れてきた。これまでに結構登りこんでもいるから高度の影響は考えられない。夜はいつも以上に寝た。体力は、これぐらい登るだけはあるとおもう。考えられるのはこ
れまでのがオーバーペースだったのか。確かに登る前に謙造君には聞いていた。ソロで登ると結構これに陥るらしいと。ソロだと、休まず登ってしまうから思っている以上に疲れやすく、だか
ら謙造君なんかは意識して水を飲んだり口に物をいれたりするといっていた。

 疲れてしまってからはもう遅い。一気にスピードが鈍る。息苦しいとかそういうことは無しに、ただ体が重い。
 ちょっと長く休もうと思ってスクリューを一本入れようとしたら、あろう事か落としてしまった。ウシュバのチタン製スクリューが、安いけど、悔しい。気を取り直してもう一本とは思えなくなり、
ちょっとだけ休んで再び登り始める。
 重い体を持ち上げては休み、もう、全くスピードは上がらない。

 150メートルぐらい登ると、簡単なミックスになって、からだの動かし方が違ってくる分、いくらか楽になってくる。
 それを登り続けるとようやくクーロアールから飛び出し、リッジ状になって気分的に楽になる。ここでようやく頂上らしいものが見える。隣のベルトも見える。でも、まだまだ100メートル以上
はある。
 岩を縫うようにこのリッジを登り続けると、ベルトからグランドロシューズ、そこから更にドロワットへと続いていく主稜線に出る。ここからが僕にとっての核心部だった。

 主稜線は雪稜になっていて、滅多に人の訪れることの無いそこはナイフでなく、剃刀リッジになっていた。それもかなり錆付いているやつだ。シャフトでなく、ピックが突き抜ける。
 硬く氷化してるかと思えば、簡単に崩れる。アルジャンチエール側に張り出しているかと思えば、反対のタレーフル側にも張り出している。
 このリッジを腕で抱え込むようにしてトラバースしたり、馬乗りになったりしながら、ほんの50メートルほど進むと、そこは小さく薄っぺらな頂上だった。時間は9時過ぎ。
 何の感慨も無く、予定どおりベルトとのコルを目指すことにする。

 コルヘ降りるために適当な岩にスリングを掛けてラペルする。残置のスリング、次も自分で掛けて、3ピッチラペルし、最後、ロープをしまって岩をトラバースしてコルから少し降った、ウィン
パークーロアールの雪面に降り立つ。
 まだこのクーロアール全体には日が当たっていないのでダッシュでクライムダウンを始める。というのは嘘で、もう疲れてダッシュなどできない。同じ動作を続けるのはうんざりだ。
 しかしそうは言ってられないので一歩一歩確実に後ろ向きに下りる。当然登りのときと違ってトレースは使わせてもらう。もう偉そうなことは言ってられない。

 途中で休んで、ロープも使ってクライムダウンと懸垂の両方で降りようとしていたら、取り付きで会ったスペイン人が降りてきた。クーチェリエクーロアールを登りつづけてベルトに登ってきた
らしい。
 彼等は100メートルロープで懸垂をしていて、一緒に降りようと誘ってくれている。しかし、3人になれば当然遅くなるし、お互い良くないと思って断ったのだが、何度も誘ってくれる。
 僕も疲れていたので、やっぱり使わせてもらって降りることにする。僕はソロクライマーでない。

 三人だとやはり遅くなり、氷河に降り立ったのは14時ごろになってしまった。途中、ザイルが絡まったりしたこともあったためだが、この頃になるとやっぱり凄かった。雪崩が凄い。ウィンパ
ークーロアールの右岸はいつも雪崩れている。モアーヌ稜から常に大きいのが落ちている。
 少し休んでからクーベルクル小屋に向けて歩き始める。すると、突然雷がやってきた。何の前触れも無くやってきた。きっと山の向こうにあって全く気づかなかったのだろう。それが山を越
えてきた。こうなっては体が重いなんていってられない。
 おかげで早くにクーベルクル小屋に着くことができた。その日は泊って翌日シャモニに下りた。

 謙造君に彼のルートの事を聞き、酒を飲み食べて、翌日、彼は逝ってしまった。

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山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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