八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属


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 加藤は10年前にモンブランに登り、久野は初めてのモンブラン。
 モンブランに到着したのはおそらく23時ごろだと思われ、当然誰もいません。
 今回はブレンバ氷河横断とムールのコルのトラバースが前菜、グランピリエダングルがメインで、プトレイリッジ上部はデザート。モンブラン頂上では既にお腹がいっぱいなので、何もせず
通過です。

 モンブラン(朝の下山時)



 今回、行動中は行動食のみで、僕の場合、羊羹一個とソイジョイ一個でした。後は水に少し工夫していますが、基本的にはほとんど食べていない状態です。
 そんな状態なのでモンブラン頂上付近では面白い現象がおきました。

 僕らは普段から運動し、これぐらいの行動をしていると、食べなかったからといって、シャリバテで行動に困ることはありません。
 普段から運動している人は脂肪を燃やしやすくなっていて、それで行動するからです。
 そのため人よりも体内の糖質を、使わないという点で温存することができます。
 (脂肪を燃やすには微量の糖質は必要なので、その差はそれほどでもないかもしれませんが・・・)

 しかし、今回は年のせいでしょうか。モンブラン頂上付近でこれまでに経験しなかった状態になりました。
 歩くことも、登ることも、つまり行動はできるのに、明らかに集中力が落ちて、注意力が散漫になっているのです。
 モンブラン周辺は傾斜も緩く、僕らにとっては技術的には何の問題もないのですが、どうしても体がふらついてしまいます。

 これが体(筋肉)の疲れから起きているなら、行動すら困難なのですが、そうでない事を考えるとおそらく低血糖でしょう。
 脳、神経系は脂肪をエネルギーとすることはできないので、どうしても最低限の糖質は必要になります。脂肪をうまく燃焼できるからといっても、さすがに今回のように行動が長時間かつ、
負荷もきつくなれば糖質不足を招いたのでしょうか。

 案の定、加藤に飴をひとつもらい、しばらくすると集中力が自分でも解るほど回復し、ふらつきもなくなりました。
 
 飴をなめてすぐに体が糖質を吸収し、エネルギーにすることは時間的に考えられないので、いわば脳が勘違いした状態です。飴をなめたことで刺激を受けた脳が、糖質が体に沢山あると
勘違いし、温存していた糖質をエネルギーとして使い始めたのでしょう。

 今回は良い経験をしました。



 さて、モンブラン頂上を抜けて、夜中にフラフラと歩いている僕らも、さすがにどこかで休憩がしたくなります。できれば、ぐっすりと眠りたいのですが、そこをバロの非難小屋と計画していま
した。
 頂上から一時間ほど降りると、バロ小屋が見えてきました。

 バロ避難小屋

 
 中に入ると、天国のように暖かいスペースです。
 
 しかし毛布があるとの情報なので、期待していたのですが、既にそれらは使われていました。
 せめて、マットでもあればという期待もむなしく、何もありません。
 本来は危急時用、あるいはモンブランのイタリア側を登ってきた人のために、一般登山の人は使わないように、ということがルールなのですが、毛布を使って寝ているのは一般ルートから
のモンブラン登山の人たちです。
 しかもこの人たち、平気でごみを床に捨てたり、持ち帰らなかったりしています(目撃しました)。
 小屋はそんなゴミでいっぱいです。
 ルールを平気で破る人たちです。ゴミを捨てても気にならないのでしょう。

 こんなに汚くても、天国でした。


 仕方がないので水を作って、ラーメンを食べてそのまま眠りました。おそらく3時近くです。
 暖かいと思っていた小屋はそんなはずはなく、中の水はすべて凍っていました。
 体の震えが止まらないのですが、意外に人間は強い生き物です。モンブラン登山のためにグーテ小屋から人が上がってくるまで、眠っていました。
 その後は、入れ替わり立ち代りで、人が休憩していきます。眠ろうにも寒さで眠れないので、モンブラン登山者の観察をしていました。
 多くはガイド登山ですが、装備もひどい人たちやその行動に「?」がつく人たちなど、けっこう楽しめます。


 朝8時ごろ。暖かくなってから下山を開始。
 歩き始めは問題なかったのですが、ドーム・ド・グーテのくだりで左足の異常に気づきました。
 最初は靴擦れかと思い、靴下を直したりしたのですが、どうも違うようです。痛みに我慢しながらグーテ小屋まで行き、休憩。

 足の異常に気づき、靴を脱いで、靴下を裏返しにしたり、インソールを抜いたりしながら歩きます。



 グーテ小屋からは穂高や剣岳の岩稜なみかそれ以上の困難さの岩稜を下降します。ワイヤーがはってありますが、雪のある時期、アイゼンワークに慣れていないと大変です。

 雪があるところはまだ楽ですが、凍っていると大変です。
 慣れるまではけっこう怖いです。

 大手登山旅行社のモンブラン登山ツアーで6本爪アイゼンでも可としていたのは、一体どういう事でしょう?
 ツアー系の山岳ガイドの事故が続きましたが、技術面よりもこういう危機管理が事故を引き起こすのでしょう。
 


 さて、ここでは現地のガイドが沢山いるのですが、ここではそれが見ものでした。
 僕らも仕事柄でしょうか、その人の行動を見ると何を狙っているのか、なぜその行動をとるのかが解ることが多くあります。ガイドの行動も同じです。そうすると、本当に安全なガイドと形だ
けのいい加減なガイドがいることがわかります。
 実際、この岩稜帯を早く降りているガイドパーティはそのお客の技量よりも、ガイドの質によるところが大きいように思われます。



 さて、この岩稜帯。アイゼンワークが大事だといいましたが、それはただその人のためにではなく、他の登山者のためにも重要となります。
 このグーテ側からのモンブラン登山で最も危険かつ、実際に死亡事故が多発しているのはこの岩稜帯の最後、グランクーロアールの横断です。

 これがエギーユ・グーテ。これの頂上にグーテ小屋があり、その頂上から右下に延びる沢がグランクーロアール。それのすぐ右側の岩稜を下降し、この沢を最下部で横断しますが、もしこ
の岩稜帯で落石があれば、即グランクーロアールを転がり落ちてきます。標高差500メートルぐらいで、傾斜もあるのでものすごいスピードになります。
 運悪く、落石を頭に受ければ、頭が吹っ飛ぶほどのスピードで、実際の事故はそうなるらしいです・・・。運良く、小さな落石を足に受けるだけであっても、おそらくその骨はただではすまな
いでしょう。
 とにかく、危険な場所です。
 モンブラン登山を考えている人は、覚えておいてください。簡単ですが、とても危険な箇所です。

 グランクーロアール



 グランクーロアールを横断し、テートルースの小屋の脇で休憩した解き、靴を脱ぐと、なんと左足親指が腫れて、爪が盛り上がって、ちょっとグロテスクな状態になっていました。これはちょ
っとやばいと思ったのはそのときです。

 テートルース小屋付近は平らな雪原で、気持ちの良いところです。背景はビオナセイ北壁。


 そこからはなんでもないトレッキング道を歩くのですが、次第に足が痛くなり、モンブラントランウェイの駅につくころにはまともに歩けなくなっていました。


 通常ならここから電車に乗り、ロープウェイで町に下り、そこからバスでシャモニに帰るのですが、今回はやはり誕生日を山で過ごさなかったせいでしょうか、それとも最後の登りでトレース
が現れるという事に運を使ってしまったのか、神に見放されたのか・・・。
 駅を間違えて降りたために、ロープウェイに乗ることができず、歩けない足で標高差700メートル以上も歩く羽目になってしまい、しかも町に入ってからは遠く迂回する道のため、歩く距離
はとんでもない長さになってしまいました。

 ヒッチハイクを何度も試みるのですが、大きなザックに凶器(アックス)をつけて、場違いなところを歩いていれば誰も乗せてはくれません。
 足は痛いし、途中で雨は降るし、雷すらなり始めてくるし・・・、散々な状態です。


 当然指の状態は悪化し、バス停にた取り付いたときには水脹れすらでき始めていて、何もしなくてもいたい状態になってしまいました。


 何とか最終のシャモニ行きバスに乗り込み、シャモニシュッド(南)のバス停の脇において置いた車に乗って、神田さん、種村さんに下山報告をしてからアルペンローゼ着。
 何が大変だったって、登りよりも下山が大変でした。
 
 
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