八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属
右ピークがモンブラン頂上、ほぼ同じ高さの左ピークがモンブラン・クールマイユール(イタリア側頂上)。
モンブラン・クールマイユールから下の雪稜につながる菱形の岩壁とその右側がグランピリエダングル。今回は菱形岩壁の右のミックスルートを登りました。
今回の第一目標は、アルジャンチエール氷河にあるドロワット北壁。
しかし、小屋の改修のためにここに近づくことが困難なことが判明!
ケーブルがオープンするのが7月上旬。それ以前の点検時に中間駅まで乗せてもらうことも出来るのですが、小屋に泊まれない以上、かなりの荷物になることが予想されます。荷物が多
くなると、ルートは登りきれても大変なんです。
しかも、もし点検用ケーブルに乗せてもらえなければ標高差1700メートル+ルート1000メートルをこなすことになり、そこまでは・・・、という状況です。
行って行けない事は無いけど・・・、やっぱり辛いのは嫌だし。
そこで緊急会議を行い、今回のメインを変更することになりました。
候補に挙がったのは以下のルート。
・グランドジョラス北壁 スロベニアルート、あるいはその周辺
・エギーユ サン・ノン北壁
・グランピリエダングルのどれかのルート
・プトレイ縦走
・マッターホルン北壁
・リスカム北壁
・ダンブランシュ北壁
グランドジョラス北壁 レショ小屋より
左がエギーユ・サン・ノン北壁、右の岩峰がドリュ(98年の西壁下部崩壊後、05年の西壁上部崩壊前の写真)
グランドジョラスはやはり気温が高く、コンディションに疑問符がつくことと、どうせ登るならもっと憧れのルート(C&M)で登りたいので却下。
エギーユサンノン北壁は、ケーブルがあけばアプローチはそこから2時間以内ということもあり、かなり良い線なのですが、結局は7月までは登れないということで、今回は次点、保険扱
い。
グランピリエダングルは取り付きまでと、ルートを抜けてからのモンブランまでの登りが、ちょっと不安があるものの、時期もルートの見た目も結構イイ線。
プトレイ縦走は今年は雪のつき方も良く、かといって最大の核心であるエギーユ・ノアールはおそらく雪も無いことから、かなり乗り気でしたが、下降も含めて3ビバークというのを聞いた加
藤が拒否。
マッターホルン、リスカム北壁はシャモニよりも天気がよいと思われるツェルマットでのクライミングとなり、明日は出発というところまで行ったのですが、やはり今年のヨーロッパの天候不
良により中止。
ダンブランシュ北壁はアプローチがながく、南稜の下降も未知だったため、次回以降に。
こう考えると最も良さそうなのはグランピリエダングルで、モンブランのイタリア側の概念が無い僕らにとっては、これを登ることである程度、イタリア側の概要がつかめることも魅力です。
大きなルートへ行かず小さめのルート、といっても500から800メートルほどはありますが、それらをいくつか登っても良かったのですが、せっかく時間をとってきているので、一本は大きな
ところを登ることにし、グランピリエダングルにいくことが決まりました。
とりあえず一本。
あとはお気楽に岩のルートでも登ることが出来れば楽しいでしょう。
ジェルバズッチピラー周辺は快適な岩登り(ただし、600〜800メートルあり、お気楽ではないですが・・・)が楽しめます。
6月上旬から天気予報を見る日々が続きました。
今年のシャモニは5月中は天気が良かったものの、6月にはいってからは好天が2日と続かず、大きなルートに行くにはちょっと不安があります。涼しいために雷こそないものの、天気が
安定しません。
悪天が続きすぎると上では雪になるため、登攀はまだしも、アプローチや壁を抜けてからモンブランへ登るのも大変ですし、晴れすぎると、今度はコンディションが悪くなり、難しいところで
す。
体調維持と気分転換のために、下の町へクライミングへ行って、時期を待つことが続きました。
6月21日、久野の誕生日
例年、この時期に山にあがっていることが多く、いつも何かトラブルがあるのですが、今回は無事に過ごすことができました。
山にはいけていないですけどね・・・。
しかし、翌日から天気が良くなる予報と気圧配置。
予想される好天は4日間。漸くのチャンスがやってきました。
6月22日、待機
意外にも天気の回復が遅くなりそうで、朝起きて山を見てみるとあまり良い雲が出ていません。
そんなわけで今日も待機。
6月23日
天気も良さそうなので出発することに。
ただし、好天の期間は今日を含めて2日間。しかし、2日目の夜は雲が出て雨が降る可能性があり、3日目には午後から雷の予報。
しかも・・・、ミディのケーブル駅に出ている天気予報では登攀日の24日は、雷マークついています。
でも・・・今月に入ってからは最も好天が続く予報なので贅沢はいえません。
小屋は久しぶりの好天(前日はやはり山は良くなかったようです)ということもあり、10人がいっぱいのところに12人。
多くはモン・モディへの好ルート、クフナー・リッジ(フロンティア・リッジ)へ行くパーティで、モンテビアンコ(イタリア語・モンブラン)方面へは我々のみ。
ガイドらしき人が僕らのルートを聞いて、気を使ってくれたため、なんとか寝床と食事スペースは確保できたものの、狭くて眠るのは大変です。
狭いです・・・
6月24日
0時30分起床、すぐに小屋を出て出発の準備をする。
小屋の柵から懸垂下降で氷河に降りるのですが、最初の下降でロープをスタックさせてしまい、登り返しで時間をロス。
氷河上で軽く食事を取って、ムールのコルまで横断し、コルからも更に懸垂下降。
かつてここは歩いて降りることができたのですが、90年前半の2度の大きな岩崩落によって、その下を歩いて降りるにはかなり危険が伴うとの情報があり、ここも3〜4ピッチの懸垂下
降。
しかし土砂崩れの影響か、グズグズの岩が多く堆積しているため、ロープがスタックしたり、下降の支点を構築しようにも適当な岩角やハーケンを打ち込むようなリス(割れ目)も無く、かと
いって、歩いて降りようにも氷が出ているためにスムーズに進まず、とにかく下降に時間がかかりすぎました。
予定では3時間で取り付くところが6時間もかかってしまいました。
午後から天気が怪しく、しかしルートは長く、さらにはそのルートの上には大きなセラック(懸垂氷河)があるルートなので、この3時間の遅れは致命傷になりかねません。
今回登るラインはセキネル・ノミネからディレティッシマを予定していましたが、こうなると時間優先です。
下部バリエーションを絡めて、上部ガバルーを登る、最短ルートをとることにしました。
左がグランピリエダングル、右がブレンバフェース。壁は近づくと傾斜が緩く見えます。
ブレンバフェースに日が当たり赤く染まるころ、ベルクシュルンドを数箇所超えて、グランピリエダングルに向かいます。
取り付きは7時を回ってしまいましたが、意外にというか、予想通りというか、若干きついところはあるものの傾斜は60度ほどで、適時支点を取りながら、そしてギアがなくなるのと、難しく
なる箇所でセカンドの確保ができるように調整しながら同時登攀で高度を稼ぎます。
氷の薄いところも、岩角を拾うことで順調に高度を稼ぐことができます。
同時登攀なので、高差400メートルほどを2ピッチ?で登ります。傾斜は60度から70度ほどです。
ルートの3分の一ほどを同時登攀で抜けて、上部のミックス帯に入りますが、コンディションが良く、きれいに氷がつながっています。
できる限りここも同時登攀で抜けようと思うのですが、さすがに傾斜が強くなり岩も出てくるようになってくると、スタカットに切り替えざるを得ません。疲れも出てきているので仕方が無いで
しょう。
上部ミックス帯も基本的には氷の溝を登ります。小さく見えますが、実際には下の写真の規模です。
ザックが大きそうですが、中身は水3リットル、明日1日分の食料、防寒着としてインナーダウン一枚です。それらが膨らんで大きく見えるのでしょう。
ガバルーのガリーは傾斜は強いところがあるものの、技術的にはそれほどではありません。
ふくらはぎが辛いので、傾斜の緩いところでピッチが切れると楽できます。
登るのに良いコンディションではあるのですが、プロテクションをとるにはちょっと柔らかすぎる部分もあり、かなりランナウトするところもあります。
傾斜緩く見えますが、80度ほどあり、しかし岩でもプロテクション取れなくてかなり怖かったそうです。・・・フォローは楽ですが。
いずれにせよ、それほどの苦労を伴うことなく壁の3分の2を上り、あとはセラックの横を抜けてプトレイリッジに合流し、モンブラン頂上を目指すのみです。
本当にそれだけなのですが、実際にはモンブランの頂上までの行程はまだ半分以上も残っていることに僕らは気づいていませんでした。今回のグランピリエダングルは900メートル。頂
上までは更に600メートルあります。氷河の底からは1700メートルです。
上部のセラック付近は猛烈に硬い氷壁になっていますが、傾斜もゆるいので落ちることはありません。適時支点を取って慎重に同時登攀をします。写真を撮りたくても、硬いところに立って
いるので、動きが止まるとふくらはぎが猛烈にパンプしてしまいます。写真は無しです。
しかし、セラックを過ぎて稜線まであと少し200メートルのところで、斜面がやわらかい雪になると、その不安定さのために同時行動ができなくなり、しかも疲れも出てきてピッチをきっての
行動をとらざるを得なくなりました。
下の氷の層までアックス、アイゼンの爪は届かず、かといって雪はグサグサで、スライドする雪。
しかもアイゼンは団子になるし・・・。
安定しているようですが、突然滑ります。
プトレイリッジに到着したのはおそらく14時過ぎ。
そこからフレネイ側をトラバースするのですが、これがまた悪い状態。
アイゼンは相変わらず団子になり、しかも今度は本当に硬い氷がその下にあるため、うかつに加重すると爪が届かずスリップします。
技術的には簡単なのですが、斜面の向きでこうも雪、氷の質が違うとは・・・。
おそらくいつでも良い状態というのは無いのでしょう。時間はかかりますが、こんなもんだとあきらめてピッチをきるしかありません。
こんな短い、傾斜の緩い部分ですら、プロテクションを取ってしまいました。いつ雪と一緒に落ちるか心配になります。
リッジは基本的にはフレネイ側を巻きますが、今回は大きなジャンダルム(岩峰)を大きく下から巻いて、100メートルほど登り返す形でグランピリエダングル上の岩峰郡を通過しました。
結果的には時間はかかったかもしれませんが、ここの状態を考えると、上部を巻くよりは安全かつ、技術的には楽だったと思います。
巻いた岩峰郡。けっこう時間がかかりました。上部はやはり氷がかなり硬いので下から巻くのがお勧め。
岩峰郡を巻いてしまえばあとはモンブラン・クールマイユール(イタリア側のピーク)までは雪稜が続き、高差も500ほどです。
心配していた天気の崩れも、ガスが出て一時視界がなくなることがありましたが、気温が下がるにつれてガスも晴れてきました。逆にこのころから気温が0度を下回り始めたのでしょうか、
極端に寒くなってきました。
このあたりから久野の足の指が感覚がなくなっていたのですが、それほどのこととは思わず行動を続けました。
リッジは遠目には単純なリッジに見えましたが、近づくとブレンバ側に大きく張り出した雪庇が形成されていて振り返ると、なかなかかっこよいところです。
手を振る余裕はありますが、体力的にはかなりきつくなっています。ここで行動19時間ぐらい。
加藤の少し前に、左のフレネイ側からトレースが来ています。
今回、トレースは全く期待できないものと思っていましたが、・・・神の思し召しです。日ごろの態度が良かったのでしょう。
頂稜は近く見えますが、ここから標高差500メートルぐらいあります。更に、モンブランまでは+100メートルです。
モンブランクールマイユールに到着したのは22時ごろ。ちょうど日が沈むところでした。
ここで靴をいったん脱げばよかったと思います。
もともと指を曲げて履くほどの小さめの靴だったので、血行が悪くなっているところに、左トラバース時に親指の爪が潰れたことで更に血行が悪くなり、しかも長時間の行動による疲れ(と
いってもそれほど感じてはいませんでしたが)、エネルギー不足によって、体温が下がっていたのでしょう。足指が凍傷になっていました。
これらの点は大きな反省点で、もし見ている人がいたら気をつけると良いでしょう。
モンブランクールマイユールからモンブラン頂上までは40分ほどですが、今回はのんびりしか歩けず1時間ほど。
そこからバロの非難小屋までは更に1時間ほどかかってしまいました。
「今日は長い一日だね。これだけ登ったから、しばらくは登らなくていいね」なんて話しながらバロ小屋に向かいましたが、本当にこれから登れなくなるとも、明日も長く辛い一日になるとも
知らないで、疲れていたけど、良い気分でした。
山岳ガイド ミキヤツ登山教室は、夏山、冬山ともに国内では八ヶ岳、穂高・槍ヶ岳、剣岳、北岳、小川山、瑞牆山など、海外ではヨーロッパのシャモニ、ドロミテで山岳ガイド、登山教室、雪
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