八ヶ岳、小淵沢に住む山岳ガイド、加藤美樹・久野弘龍が、ヨーロッパ・シャモニやドロミテ、国内の雪山、冬山、バックカントリースキー、夏山、登山・クライミング教室、ガイドを行っていま
す。国際山岳ガイド連盟・日本山岳ガイド協会所属


 2011年 8月  北アルプス・無雪期 奥黒部源流域一周トライアル 2011年8月       

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2010年8月30日

自分の体のパフォーマンスを上げるには、まずは限界に持っていき、それを超えなければならない。

そこで一般登山の常識からすれば、やや無謀?とも言える山行計画なのだが、普通のことをやっていたのではトレーニングにならないでしょう。

しかも「この計画、当然ながら誘えるのは、立派なふくらはぎを持った彼しか居ない!

トレランHさんと再び、奥黒部の山稜(温泉付き?)を駆け抜けます。



行程は一日目に「折立」から入山し、「太郎小屋」へ上って「薬師沢小屋」へ下り、「大東新道」を上って「高天原温泉」まで入る。12時間少々

二日目は更に「岩苔乗越し」まで上り、「黒部川源流」を下って「三俣山荘」へ上り返し、稜線を「黒部五郎小屋」まで下って、「黒部五郎岳」にまた上る。「中ノ俣乗越し」まで下ったら「赤木
岳」から「北ノ俣」を越えるアップダウン。「太郎山」から下ると「太郎小屋」。これにて黒部源流を一周。更に「折立」まで下山する。17時間

全行程で「雲ノ平」の周囲を一周すると、30時間近くにも及ぶ、地図上でのコースタイムとなるのですが・・・


土曜は小川山で、日曜は小同心日帰り、月曜は小川山。
そして火曜の早立ち。

小屋の予約では「前泊地はどちらで?」と尋ねられ、チョットびくびくしながら「あの、ありません」「無いって?」「え〜っと、折立からなんですけど」
「・・・折立?ですね、前泊は無しだとおっしゃるんですね?」「えぇ、無し・・なんです」。

一応は叱られませんでしたが。(←結構な小心者)


ややお疲れ気味の出発と、相成りました。



案外体も軽い太郎への道(荷物が軽いだけか?)このゴロゴロの丸石が、帰りはクセモノだったのだ 


快調カイチョ〜♪恐らく折立では、私達が最後のスタートだったと思われるが、各ベンチで休む人達をガンガン追い抜く


やや昼下がりなので、「これからコースタイム5時間の大東新道に入るなんて」とか、薬師沢小屋に叱られないかとオドオドしてしまう
(↑相変わらず弱気)


過去にも2度ほど来ているはずなのだが、逆コースだったのだろうか?覚えがない


ちなみにコレ、登山道です


赤茶けた岩沿いにペンキが・・・・しかもあの岩って濡れてるし


登って下りて


壁へつり(なのにこの鎖、中間支点のハーケン、ほとんど全部抜けてるし!)

けれど本格的な試練は、B沢から高天原峠にあった。

急激に尾根に高巻きし始めた登山道(踏み跡?)。たまに出てくる手製の指導表と、アルミ梯子で、どうやらそれが道であることが解る。

ガンガン登って、沢になるたび急下降、で、また登る。の繰り返しが、果てもなく続くような・・・
河床はとうに遙か下だから、風はそよとも吹かない「藪サウナ」を、E沢過ぎてもまだ登る。
「これじゃ高天原峠じゃなくって、高天原山だろ!」「高巻きとは言わないっすよねぇ」「うん、こりゃぁ登ってるよひたすらに」

汗まみれでブーブー言いながら登る。
基本二人とも辛いことなんて避けて通るタチだから、この猛暑に稜線を下りたのは失敗だったか?けど、ひたすらに登る以外にない。

流石に午後ともなれば、だろうか。大東新道に入って以来、人っ子独り会わない。

ジャングルのごとく蒸し暑いこの登山道で止まれば、虫に集られるし、休む気にもなれない。
第一急登の最中に足を止めれば、休んだ後は確実に疲れが出てしまう。疲れる前に登るべし!

何だか対岸の、薬師岳東南稜にかなり近い高さになってきたなぁ・・・
と思った頃に、最後の尾根を乗り越したところ、が、高天原峠だった。



私は下降ともなれば、レースで走るHさんの比ではないので、ここから小屋までは先行して貰う


全行程を通しての山の歩き方は、着実にそれぞれ違っているからだ。

トレランの登りは、登っている間にはそれほど差は出ないのだそうで、トップランナーほど下りが速い。
登山でも同じなのだけれど、下りの方がより技術的に難しいのだ。

速度に関しても違い、私は全行程でペースを決める登山の歩きで、Hさんは斜面のトップ目指してガンガン登る。
だから登りは持久力系の私の方が、案外息も続くようだ。

ただし事が、下り一辺倒なら譲った方がよい。
何せ駆け下りてしまうのだから、前にいるのは邪魔になるだろう。


昔は丸太橋だった気もする


しかし何処までも山奥だ。

もとより山小屋仲間であった私達。

「しかしココって、太郎グループつっても離れすぎ。陸の孤島だし、従業員てば風邪ひとつ引けないじゃんねぇ」
「まぁ確かに、これ最短ルートっすからねぇ・・」
「八ヶ岳程度の温泉で、秘湯を謳っちゃ〜ダメだよね〜」
「だってヤツの温泉て、基本車道の近くじゃないっすか?」

な〜んて、お喋りしながら歩いてたら・・・お?人工物。木道が出てきました。


振り返れば「水晶岳」が


やっと「高天原温泉小屋」に到着 

「よっしゃ、この時間の受付だったら、叱られないよね」(←こればっか)


誰にも会わなかった割に、小屋には20人くらいもの登山や釣りの人達が来ていた。こんな山奥なのに・・・
「次の宿泊地は?」と、訊かれ、「考え中です」と、一回答えたモノの、改めて考えると経路は考え中だけど、目的地は折立には違いなかった。

一応は地図を広げて、まず検討。
疲れていたら雲の平経由でも戻れる。けど薬師沢下って暑いのも嫌だ。稜線歩きたいけど、それも長すぎて飽きそう。(←ワガママ)

結局は面倒になって「起きたら考えよ」「温泉だよオンセン〜♪」

何せいい加減な二人である。



山小屋では「ヘロヘロになって到着する人も、居るんだな」と、思ったら、単に風呂まで行って帰って来たところらしい

行きは下りが20分。帰りは「登り」が30分と、風呂に行くにしちゃ、なかなかに遠い。


「う〜ん、確かにイイ湯♪」(でも、だからと言って浸かりすぎると、帰りは汗だくなんだな)

右足の外反母趾で、人差し指と中指が接触して、下り斜面では痛くなってきた。

一緒になった女の子が「ココのお湯って24時間入れるらしいですよ」と教えてくれたけど、
「え?ヘッドランプで来るの?」「チョット、来られません・・・ねぇ」(熊に遭うよ!クマッ)



昔は手作り豆腐なんかも添えられてて、ココの食事に感動した覚えがあったのだが・・・

湯治場的な小屋だから?ガッツリ食べたい私達には質素でした。

しかもメイン?の「アザミ」、育ちすぎてて口の中痛いし。白米は流石に富山!Goodでした。


そういえば、ヤツでも陸の孤島(この場合は単にお客が来ないだけ)と呼ばれる、さる小屋で、独り小屋番してたS君。
荷揚げが飛ばなくって、「このままじゃ、脚気で死ぬ!」と思い極めた彼は、そこいら中のアザミを揚げて食べていたそうだが、そのうち柔らかい葉も尽きて来た。
そこで「多少はデッカくても、食える!」とばかりに、揚げて口に放り込んだら「口の中はトゲだらけでイタかった!」

なんて、話もあったなぁ・・



食事を終えて外に出たら、「水晶岳」の稜線が残照に輝いていた


「温泉沢の頭」方面も


太陽光発電で付いてる食堂の灯り以外は、入り口にランプが一個下げてあるだけ。寝るしかない。
1階の上段には私達の他に二人しか居ない。ストレッチを入念にして、「お休みなさい」


折立8:30〜太郎平10:40〜薬師沢小屋12:30〜高天原温泉小屋15:05  (行動時間6時間35分也)



ちなみに、こんな岩稜の少ないエリアにまで、テクニカルシューズ(画像左)で来ている人が居る。

グリーンパトの女の子までが、ココでこれ履いてるってのも「ナンかねぇ」です。

男性だったら黄色か赤のこの靴は、登山靴とは別なのです。
岩を登るためのモノなので、靴底は必要以上に硬く、クッション性には乏しく、岩稜までのアプローチが長い日本の山には不向きです。

氷河をアプローチとする、ヨーロッパの山に適した造りとなっていて、あちらでは夏靴の売り場とは一線を画し、むしろ冬靴の売り場に並んでいる代物。ところが冬山に向くかと言えばそうで
もなく、アイゼンは氷河で仮に使うものなので、フィッティングが悪くて危険。

画像右の冬靴(バツーラ)と比較しても、ハイカットでない分、雪上でのバランスは格段に取りにくくなります。

要は中途半端な靴なのです。

増して長距離を歩く、こういった源流部や、重い荷物を背負う人には、そのクッション性の乏しさ故に、当然ながら、足は辛くなるわけです。


女性用の「トランゴ・エボ」(左)


更に問題となるのは、体重が軽すぎたり、女性で足の小さかったり、といった人。

靴が小さくなればそれだけ使う素材が薄くなる訳ではありませんから、こういった方には、靴が硬すぎて、タワますことが出来ないのです。
登山靴なら出来るはずの、前後のタワみも、捻れさえもが、出せなくなる訳です。
(それらを補える足腰の連動した筋力が、十分にあれば別ですが)

結果、斜面に対して体全体が傾いて行ってしまうため、バランスが取りずらく、パタパタと転倒することになります。


男性用の「トランゴ・エボ」 

男性であれば、体重で多少はタワむ為、使いにくさを大きく感じない人も居る。
ただしこういったテクニカルシューズは、岩に「点」で乗る様につくられているので、全体が硬くて細く、爪先も狭くなる。


登山靴だと、全体にタワみやすく、岩には「面」で接触してしまう為、乗りにくい
(ただし、これが岩ではなく斜面だった場合には、「タワまない」ということが、どれだけ足にとっての負担になるのか?考えてみれば解りますよね)


しかもクッション性が無いってことは、テント山行も×

この黒部源流域は、テントを担いだ登山者の多いことも特徴の一つながら、何故か足下は、この「トランゴ・エボ」だったりする。

「足首の可動が自由です!」だとか、「軽い!」「アイゼンが付きます!」(氷河用なんだし、当たり前だ!)
なんて売り込む、日本のメーカー、小売店様、仕入れは商品のスペックや用途を、よく調べてからにしましょうね。




2011年8月31日

昨夜のこと
「明日って何時くらいに出ますかねぇ」「別に何するわけじゃナシ、5時起き5時でいいんじゃない?」

やっぱり何事も適当な二人。気が付いたらフツ〜に、朝ご飯の5時半だった。

コンビニ握りを食べつつストレッチ。

「よっしゃ、行くよ!」

しかし「岩苔乗越し」までの道は、またしても鬱蒼としたジャングルみたい。
朝からしこたま湿った空気で、「やっぱり台風来てるんだねぇ」って感じだ。歩いて歩いて2時間で「岩苔乗越し」。

 

「おぉ!昨日の晩ご飯がいっぱい生えてる!」
(正確には違うけど。天麩羅は「オニアザミ」の葉っぱで、こちらは「タテヤマアザミ」です)


「薬師岳」


源流部には、まだ花も咲いている(ちなみに、この岩苔小谷側だって、歴とした黒部川源流部の支流なんです)


「イワキキョウ」

「岩苔乗越し」で、しばし腰を落ち着け考える。
「爺行く〜?五郎ちゃん行く〜?」「暑いの、ヤダねぇ」「んじゃ、五郎ちゃん行っちゃう?」「行っちゃうッスか!」

客観的に振り返ってみても・・・何処までも、適当な二人である。。。



黒部川源流を下る(やっと「黒部五郎岳」が見えてきました。とおすぎ〜)


「三俣の天場」(マズいです。「鷲羽岳」にも雲が掛かり始めたので、先を急ぐべし)


「黒部五郎」は、ちっとも大きくならないし・・・その向こうの緩やかな奴は「赤木岳」と「北の俣」だよなぁ

「て、ことはぁ?も〜しかして、遙か右の鞍部って・・太郎よね。で、あの点て〜、コヤ?っすかぁ」
「え〜?何処っすか〜・・・・あ・・・ソウみたいっすねぇ〜どうも」

「みたい・・・だよな」(←既にヒトゴトか?)



「三俣山荘」の天場から、やっと稜線が近くなった頃には、漸く「黒部五郎岳」も近づいてきた

近付くにつれて、これまで見えなかった、深〜いカールの底が、ドンドンと見えてくる。
そして「黒部五郎岳」が、何だか育っていくぞ??

「あれ〜五郎って、こんなにオっきかった?」
「ま、カールの中、見えてなかったっすからね」(←冷静)


「黒部五郎小屋」まで、しこたま下ること、標高差500b!

で、「黒部五郎岳」まで、標高差500bを、また登る!



積乱雲がムクムク発達中!


日本海側は、もう霧の中・・・ヤバいよコレは、カミナリ様が

けれど、五郎ちゃんの登りまではセーブしないと、後が走れません!!


遠く見えてるのが「水晶岳」つまりは、あの左下の谷底から今朝、出てきたんですねぇ(←もう、既に遠い記憶)


ちなみに振り返ると、こんな感じ

明るく陽の当たっている「黒部平」に、「黒部五郎小屋」は建っています(←やっぱ「点」だけど)


しかしこの黒部五郎カール、ボルダラーならヨダレもの?誰が登りに来るかは知りませんが。




登る


登る、ひたすらノボルって、急すぎだろ?コレ


西面は真っ白

肩とは名ばかり、肩からは下れません。山頂近くからやっと下りられる。

そういえば数年前のスキー縦走は、「北ノ俣」から「新穂高」までの日帰りだったのに、「黒部五郎岳」の山頂まで行ったな。
(余裕かましてる場合じゃ無かったが、この辺りじゃ、まだまだ元気だったんですね)


「赤木岳」方面(ごくタマに、晴れることもある)

が、しかし、遂に「赤木岳」の辺りから雨。
真っ白、かつ雨のアップダウンなので、画像はありません。

我慢してたら結構な雨粒になってきた。雨具上下を着る。

やたらと長いこの稜線・・・しかも意外と激しいアップダウンだ。
この頃、二人の先行者を抜いたり、下りの都度に接触する、足指の手当も済ませた。


「北ノ俣」もやっと越えたぞ!あと太郎まではコースタイム1時間!(そこで視界が開けた)

「て、あれ?ハ〜ルカ遠くに見えるの、アレ、太郎だよねぇ?赤い点って・・」「ナンか遠くない?」
「そうっすねぇ・・・案外ナンか、近づいちゃ居ないッスねぇ・・・」


ま、歩くしかないっしょ


黒部源流側「でもナンか幻想的で、きれ〜」


雲の切れ間も、広がる丘陵も、みんな霧に霞んで綺麗だ

そんな余裕も「太郎小屋」までだった。

小屋が近づく頃には雷鳴が・・・

「ね、ヤバくない?小屋でやり過ごした方が良くない?」
「う〜ん、樹林帯まで、走って3,40分っすかねぇ?」
「・・・・・。」「行っちゃうか」「行っちゃいます?」

(おいおい、ココで適当はヤバいだろ?)


折立に向けた広い草原を駆けだしたものの、「シマッタ!」
何処まで走っても樹林帯には着かない上に、歩道に詰めてある丸石は濡れると異常に滑る。

雷鳴が近づいてくる。
止まってハイマツに伏せるのも手だが、こうなったらもう走ろう!

轟く雷鳴の移動を気にしつつ、全速力で樹林帯まで駆け込んだ。
「ふぅ〜・・・参ったね」「参りましたね」

「しかもこの先って・・もう一回、三角点のある吹き曝しの草原だったことない?」「かも」

「で、ですねミキさん、俺、台風でてっきり中止だと思ってた仕事。今メール読んだらあるらしいんで、今日中に帰らないといけないみたいっす」
「走るんだ?」「そうみたい」「ありゃりゃ」

一休みして再び、降り出した雨の中を駆け下る。

「ねぇ〜何だかさぁ、雷一緒に移動してることない?」「そ〜っすね。雷様、まだいらっしゃるっぽいすね・・」

「三角点の棒!あれ避雷針になんないかな?」「あれぇ?ちょ〜っと小さすぎんじゃないっすかぁ?」


三角点を駆け抜けながら、先行するHさんが「カッパ着ます?」

もう土砂降りだけど、後は車に戻るだけ。
「イイヨッ、もうこのまま行こう!」服のままガンガン走る。

ぬかるみになった足場や、絡まり合う木の根の合間を跳び越え、泥飛沫を跳ね上げながら、何処までも駆け下る。


「13の慰霊塔」がやっと見えた。折立だ!

ずぶ濡れの衣類をトイレで着替えたら、亀谷温泉の湯に浸かり、夕食とって、一路山梨へ。
しかも火災事故で高速は通行止め!なんて、オマケ付きだったのでした。


高天原温泉6:00〜岩苔乗越し8:00〜三俣天場9:00〜黒部五郎小屋10:50〜黒部五郎岳12:00〜太郎平小屋15:40〜折立17:00

行動時間11時間



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